ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

10年後に見えたもの 〜「福島第一原発事故の真実」NHKメルトダウン取材班

 もし巨大な旅客機を操縦中に、全電源が失われ、あらゆる計器類が止まり、操縦桿も含めた全てが機能を失ったらどうなるでしょうか。東日本大震災の福島第一原発は、突然そうした状態に陥ったのです。

 しかも原発の場合、最悪のシナリオは単なる墜落では済みません。あのとき現場で何が起きていたのか、本当に防げなかったのか。

 答えを求めて費やされたページ数734。「福島第一原発事故の真実」(NHKメルトダウン取材班、講談社)は、10年をかけて取材と調査を積み重ねた、ずっしりと重い報告書です。

 ここに示された<真実>、特にメルトダウンがどのようなプロセスで進行したかという核心部分については、20年後にかなり違う姿になるかもしれません。あくまで現時点での<真実>です。

 なぜなら強い放射線に遮られ、現在もメルトダウンした3基の原子炉の調査は進んでいないからです。再び旅客機に例えるなら、墜落した機体はそこにあるけれど、調べるどころか近寄れもしない。

 そしてこの事実が意味するのは、首都圏を含めた東日本壊滅という最悪のシナリオを何とか回避できたのは、決死隊のように立ち向かい続けた現場の職員たちのおかげなのか、それとも単なる偶然の積み重ねによる幸運だったのか、今もそれさえよく分かっていないということです。

 一方、最新のデータ解析で驚くべき新事実が幾つも浮かび上がってきます。たとえば制御不能になった原子炉を冷やす最後の手段として行われた海水注入。ところが実際は、大量の水はほとんど原子炉に届いていなかった...。

 第1部「ドキュメント 福島第一原発事故」、第2部「検証 事故はなぜ起きたのか?本当に防ぐことはできなかったのか?」の2部構成です。

 ドキュメントの第1部は地震発生、津波襲来からの、福島第一原発の過酷な日々が再現してあります。

 全電源喪失に陥った3月11日夜から、復旧班と協力会社の社員たちは徹夜で瓦礫をどけ、ケーブルを敷設し、翌12日には唯一生き残っていたパワーセンターと、駆けつけた電源車を結びました。あとは電源車から電気さえ通せば、1号機の冷却装置が動かせるー。

 まさにそのタイミングで、1号機の原子炉建屋が水素爆発を起こしたのです(12日午後3時36分)。建屋のパネルが吹き飛び、爆風に襲われ、瓦礫が降り、電源車とケーブルが損壊して電源復旧の望みが潰えました。

 福島第一原発事故の恐ろしさは、複数の原子炉が連動してメルトダウンへと進んだことです。1号機に続いて2号機、3号機。電源喪失が長引くにつれ、冷却機能を失った原子炉は雪崩を打つように危機に入っていきました。メルトダウンを告げるように相次ぐ、水素膜発。

 加えて、運転休止中だった4号機。ここには1535体の核燃料がプールに沈められ、保管してありました。注水が止まれば熱で水が蒸発し、燃料はむき出しになってしまいます。

 これに対して、水素爆発で鉄骨が露わになった4号機原子炉建屋の上空から、自衛隊のヘリが散水を試み、プールへ水を供給しようとしました。

 個人的な話になりますが、自衛隊の空からの注水に望みをかけて、多くの国民がテレビの映像に見入り、わたしもその一人でした。しかし水は霧のように広がり、見ていて「あれでは...」と落胆したことを鮮明に覚えています。

 (翌日のニューヨークタイムスはヘリによる散水の写真を1面トップで掲載し、「絶望的なアタック」と見出しを打ちました。当時、同業者でありながら日本の新聞各紙の報道内容に不満を感じていたわたしは、ネットで海外の新聞もチェックしていました)

 話を戻せば、第1部から浮かび上がってくるのは、人を嘲笑うかのような、制御が効かなくなった原発の恐ろしさです。同時に、無力であっても全力をふり絞り続ける現場の人間たちの尊さ。

 第2部は「冷却の死角」「3つのメルトダウンの真相」など10章、10のテーマについて掘り下げ、1部のドキュメントと連動しながら現時点での検証を試みています。

****************

 さて、ここまでお読みいただきありがとうございます。重いテーマの本だけに、あまり関わりたくない人が多いかもしれません。東日本大震災から11年が過ぎ、少しづつあの大災害も歴史の一部に変わりつつある、言葉を換えれば風化が進んでいると感じます。

 しかし、知られていないこと、分かっていないことがあまりにも多すぎるという焦燥感が、未だにわたしにあります。以下、これまでに読んだ、東日本大震災関係の仕事を紹介します。わたしが読んだのはたまたま目にしたごく一部であり、ここに紹介するものが代表的な本だとは限らないというお断りを添えて。

 

 「孤塁」(吉田千亜、岩波書店)は、福島県双葉消防本部の消防士たち70人から聴き取り取材をしたノンフィクション。(このブログにレビューがあります

 「前へ!」(麻生幾、新潮社)は自衛隊員ら、命を救うために現場で戦った無名戦士たちの記録です。

 

 「『吉田調書』を読み解く」「死の淵を見た男」(ともに門田隆将、PHP)は、震災時の福島第一原発所長、吉田昌郎(まさお・2013年に58歳で死去)さんに取材し、また「吉田調書」について掘り下げた仕事。

 「吉田調書」は、政府事故調査検討委員会が病床の吉田所長から事故について詳しく聴き取ったもので、当初は非公開でした。その後公開され、フランス語にも翻訳されています。

 

 「河北新報のいちばん長い日」(河北新報社著、文藝春秋)は、宮城県の地元紙・河北新報社のドキュメント。「記者たちは海に向かった」(門田隆将、角川書店)は福島県の地元紙・福島民友新聞の記録です。

               

→  「福島第一原発の真実」講談社 Amazon