2月も下旬に入ったというのに、景色を白く埋めて今も降り続ける雪を、窓の外に見ながら思いました。蛮勇とは何か。
一か八かのギャンブルは、勇気でなく弱さの裏返しというのはよくある話。あるいは追い詰められた窮鼠が猫を噛むのは開き直りだけれど、開き直ったネズミがネコに勝った話なんて聞いたことがありません。
本物の勇気というのは、案外難しい。しかもとびっきりのやつとなると、とびっきりに難しく。蛮勇を実現する本人は、いちいち勇気とは何かなんて考えていないのだろうけれど。
「バルセロナで豆腐屋になった」(清水建宇)は、岩波新書の新刊。体験談、ノンフィクションです。清水さんは、定年退職後にスペインのバルセロナに住みたいと思っていました。たまたま仕事で短期間訪れて、心に残ったから。問題は食生活。生粋の日本人として本物の豆腐と油揚げ、納豆のない生活は想像できない。
であれば、移住して自分が豆腐屋を開業すればよい。ついでに納豆も作って。
これで解決!...と、頭の中で想像を巡らせて楽しむのはよくあっても、定年になるや実現に向けてまっしぐらに行動することを、「蛮勇」と呼ばずに何と表現するのでしょう。
凡夫のわたしは少しばかり勇気をもらい、淡々とした記述ながらふと、涙腺が刺激されるところも。涙腺と排尿が簡単に刺激されるのは加齢に伴う個人的身体特徴なのです、失礼。
清水さんは朝日新聞論説委員を最後に2007年に退職。素人が豆腐屋さんで見習いしながら移住を準備。資金は、退職金とマンションの売却で充てました。そしてバルセロナでの開業と苦労、人びととの交流、コロナ禍の現実とその後。最後に、病気を持ちながら二人三脚で支えてくれた「かみさん」の、末期と死が報告されます。
綴られる現場レポートは、ポイントを掴んで的確にして詳細。ちなみに「定年後の『一身二生』奮闘記」というサブタイトルが付いています。わたしに蛮勇はないけれど、せめて日々小勇を積み重ねたい。雪は、夜になっても止まないなあ。