ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

ひと鉢のバラとことしの秋

 「今年の秋に剪定したものを頂戴!」

 Kがわたしの投稿にコメントしたのは、昨年の初夏のころでした。Kもわたしもけっこう昔からのフェイスブックユーザーで旧友。前年の秋に剪定したツルバラの枝を、挿木して育てた我が家の写真を見て、Kが書き込んだのでした。

 わたしは切った不要な枝からいのちが伸びる姿がうれしく、「芽が出ました」「大きな鉢に植え替えた」と、いちいちスマホで撮影してフェイスブックに投稿していた時期でした。

 次の剪定時期に切った枝を挿木するから1年(2022年まで)お待ちを....と、Kのコメントに返信しました。

  

 Kは小中学校の同級生。高校は別々になっても、しばしばうちに遊びにきて語り合う仲でした。当時のわたしは「飯より本が好き」だったのに対し、Kはフォークギターをかき鳴らすシンガー気取りの高校生。

 テレビやコンサートで井上陽水、吉田拓郎らが若者の音楽シーンを席巻していた時代で、Kのお気に入りは「かぐや姫」の路線でした。

 ある日、彼は真面目な顔でわたしに提案しました。

 「お前は歌詞を書いてくれ。曲はオレが作るから」

 わたしはしばらく考え込んで、断りました。

 実は「ヒット曲が生まれるかも」と大それた未来が一瞬頭をよぎり、まじまじとKを見つめたのですが、すぐに冷静な判断で打ち消しました。

 なにしろ曲に乗せるような言葉が、自分には浮かびそうになかった。さらに、わたしの無才に輪をかけて、Kに作曲の才があるとは到底思えなかったのです。

 母子家庭だったKは、高校を出て地元の町役場に勤めました。明るく真面目な公務員になって好かれていましたが、定年に数年を残して退職。「オレは大学へ行かずに働いたから、その分早く引退して自分の時間にする」と、奥さんに宣言したそうです。

 宣言通り、ボロ車で北海道を巡り、四国へ行けば四万十川に近い小さな町に半年間住んだり。先々で近況や思いをネットに発信したので、たまたま読んだ別の同級生などは驚いていました。

 「おい、Kは突然詩人になったぞ」と。

 

 Kのフェイスブックが更新されなくなったのは、冬でした。遅れて、次々に知らせがもたらされました。脳梗塞。大丈夫だと強がって寝てしまったから病院に行くのが1日遅れた。今は車椅子でリハビリ。食事も風呂も介護が必要らしい....。

 彼のリクエストに応えようと挿木した枝からは、芽が伸び始めていました。

 まだ、積極的に人と会う気持ちにはなれないようです。今年育ったツルバラの小さな鉢は先日、知人を介してKの奥さんに託しました。