昔買った本を手に取ると、ときに思わぬものが挟まれています。映画や美術展の使用済みチケットをしおり代わりに使い、そのままだったり。数年前には、書架の奥に眠っていた洋書から、はらりと大学時代の元カノの写真が落ちてきたこともありました。あのときはびっくりしたなあ。
チケットだろうと写真だろうとほかの何かだろうと、書架に戻すとき、たいていは同じように挟みます。いつかまたその本を開くことはあるのか、ないのか。分からないけれどそれでいい。
今日は、新潮文庫が小さなタイムカプセルでした。挟まれていたのは特別なものではなく、当時の折り込み案内「新潮文庫 今月の新刊」です。キャッチコピーは
インテリげんちゃんの、夏やすみ。
想像力と数百円 新潮文庫の100冊
昭和60(1985)年、夏の広告でした。キャッチコピーは、糸井重里さん。時代の空気を敏感に定着した糸井さんの代表作の一つだと思います。
「インテリげんちゃん」は、ロシア語の「インテリゲンチャ」(интеллигенция=知識人、知識階級)を踏まえています。ロシア革命以降、大正時代から戦後まで左翼系知識人を中心に日本でもよく使われた言葉でした。
このコピーが登場した1985年は、バブル経済に突入するころ。浮かれた空気の中で、「インテリゲンチャ」という言葉はすでに死語になりつつありました。そこに登場したのが「インテリげんちゃん」だったのです。
ある年代以上に訴求するだけでなく、「インテリゲンチャ」を知らない世代であっても、インテリの「げんちゃん」は語呂の軽みで受け入れられる。うまいなあ。以来、わたしはコピーライターを、時代とかかわる言葉のプロとして深く意識することになりました。
さて40年前の1985年夏、みなさんはどこで何をされていたでしょう。この年、豊田商事会長刺殺事件があり、綾瀬はるかさんが産声をあげています。
わたしは新聞記者になって5年目、ネタを求めて地方支社で街を走り回っていました。そんな時代に買った新潮文庫が、この新刊案内が挟まれていた「THE WHISKY」でした。日本で入手できるウイスキーを網羅したカタログ本です。昔は新潮文庫にもこんなのがあった。
そして当時のわたしは、バーボン(コーンを主原料としたアメリカのウイスキー)が、大好きだったのです。毎夜飲んだくれていたなあ。