小説
同級生が先日、フェイスブックでこんなコメントをわたしによこしました。 「ほぼ現役を終えた年代である今は、お互いにやり残したことを潰していくときにしたい」 元公務員の彼は、少子高齢化でさびれ続ける地域を活性化しようと、地元で活動する若い演劇人…
気づけば秋分の日を過ぎ、日没がずいぶん早くなりました。秋の夜長とはよく言ったもので、隣の部屋のテレビから聞こえてくるローカルニュースを聞き流しながら、窓からの夜風に深呼吸。昼に読み終えた本を思い起こし、日本史の年表をめくったりしています。 …
そもそも直近の直木賞受賞作について、こんな偏った言い方はあまり適切でないのですが...「なにせ犬好きにはたまらない小説です!」。犬に興味がない人にも、たぶん...。 いやわたし、ネコに限るという人の気持ちを推しはかることはできないので、断定はでき…
2020年上半期の芥川賞は受賞2作で、どちらを読むか迷って選んだのが「首里の馬」(高山羽根子、新潮社)でした。たまたま高山さんと地縁によるつながりがあるという、深い説得力に欠ける単純明快な理由です^^;。 単行本で150ページ余りなので、わりとさ…
姥捨山とは。食糧の乏しい山間部の集落で「口減らし」のために、ある年齢に達した老人を山に棄てる物語です。生きるための厳しい営み、因習に塗り込められた村社会。日本各地に伝わる棄老伝説を、文学として見事に昇華させたのが「楢山節考」(深沢七郎、新…
「古事記」と「日本書紀」。日本最古の歴史書・2書を称して「記紀」は、その昔教科書に出てきました。当時、テスト対策で覚えるために「古事記、古事き、こじき」と暗唱にすると、条件反射みたいに乞食さんの集まりが頭の中に浮かんで...。そんな記憶がよみ…
織田信長、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼。戦国時代を生きた6人の武将の生き様の、1断面を切り取った連作短編集が「戦の国」(冲方丁、講談社文庫)です。 冒頭に置かれた「覇舞踊(はぶよう)」は、信長を描いた作品。1560年、桶狭間…
前稿で、大岡信さんの「詩の日本語」について難渋しながら読了と書きましたが、併読していたのが「武士道セブンティーン」「武士道エイティーン」(誉田哲也、文藝春秋)の2冊です。 シリーズ1作目の「武士道シックスティーン」が面白かったので、ヤフオクで…
ただ相手を斬ることしか、今は考えていません。勝ち負け、でもなく、ただ斬るか、斬られるか....それが剣の道だと思っています。 これ、16歳の女子高生が剣道部顧問の先生に吐くセリフです。彼女がボロボロになるまで読み続けているのが新免武蔵(別名という…
中国で出現した新型インフルエンザウイルスが、パンデミックに至って世界中に感染が拡大。日本はどのようにして、何に生き残りをかけるのかー。「首都感染」(高嶋哲夫、講談社文庫)は2010年に発表された、新型コロナを予言したかのようなクライシス=危機…
「小説」と「文学」の違いは何なのでしょう。文学の1ジャンルが小説である、というのは分かりやすい解釈ですが、読者として作品に接する皮膚感覚で言えば、いい小説が必ずしも優れた文学ではありません。つい、おかしなことから書き始めてしまいました。 「…
<老い>や<死>と、どのように向き合うか。そもそも、人は覚悟を決めてから老いるものではなく、生きることに追われているうち、気づいた時には既に、老いに伴うさまざまな現実が降りかかっているのでしょう。 普通の人間にとって、飛び抜けた成功や栄光は…
本猿さんのブログ「書に耽る猿たち」に「しとしとと雨の降る午後に、雨音だけが響く中、静かに読み浸っていたいような作品」と紹介されているのを読み、無性に読みたくなった小説です。そして「あちらにいる鬼」(井上荒野、朝日新聞出版)は、まさにそんな…
仕事が首尾よく終わって、仲間と握手。仲間は魅力的な女性で、顔には出さないけれど本当は強く惹かれています。ごく短い時間重なり合った、彼女の冷たい皮膚の感触、薄い掌と指の儚げな、しかし芯の通った強さと体温に触れ、彼女という<特別な存在>が掌か…
読み終えて浮かんだのが「ずっしり残る、不思議な作品」という、何を伝えたいのか自分でもよく分からない言葉でした。「流浪の月」(凪良ゆう、東京創元社)は2020年の本屋大賞受賞作。本屋大賞は読者の期待をほぼ裏切らないので、実は芥川賞や直木賞より楽…
<ハードボイルド小説>に明確な定義があるのかどうか知りませんが、個人的には「生き方に極めて強いこだわりを持つ男が主人公で、試練を乗り越えた後に深い心の傷を負っても、生き方を変えることができない。その事実を最後は淡々と記述した物語」というこ…
数日前に手をつけたわが部屋の本の整理、まだ終わりそうにありません。とりあえず四方の壁面を複数エリアに区切り、1エリア限定で進めています。もし該当エリアの本を、全く別エリアに存在する(はずの)本と一緒にしたいと思っても、涙を飲んで無視。処分…
ハッピーエンドは心軽くなるけれど、たいていすぐに忘れる。悲劇だったら、心に刺さるけれど辛い。「金魚姫」(荻原浩 角川文庫)は、そのどちらでもなく、どちらでもあるような、絶妙のストーリーでため息つかせてくれます。 恋人にふられ、ブラック企業に…
「遺体はどうするんです?」 伊豆・修禅寺温泉の高級旅館で急死した63歳の女性。遺体と遺品を引き取りに来た甥の青年、弦矢(げんや)を、五十過ぎの警官が地味な警察車に乗せて案内し、そう問いかけます。太陽の光が優しい、4月半ばの若葉の季節。一人の女…
「本を読みたくないときに、読みたくなる本」が、わたしにはあります。謎かけみたいになりましたが、精神的な疲労感を引きずって読書はもちろんのこと、仕事にも前向きになれないとき、リセットしてくれる本のことです。 いわゆる「ブンガク的」感性や知的に…
小説の舞台は前作同様、中国地方の山あいにある寂れた温泉町・津雲。自然豊かで、水が美味しく、流れる川に石造りのかんかん橋が架かり。言葉を変えれば『ど田舎』。人は老い、町も老い、歯が抜けるように店が消えて。しかし現代の「故郷」の普遍的な姿とは…
これを書いたのは作家として誠実な人なんだろうなあ。おいおい、作品に対して不誠実な作家などいるのかーと問われると困るのですが、それ以外に的確な言い方が思いつかないのです。小説としてしっかり組み上げた構成、史実への視線、作中に折り込まれている…
最初に読んだ「光秀の定理」が面白かったので、次も読むとすれば定評のある作品の前に、まずはデビュー作。「午前三時のルースター」(垣根涼介、文春文庫)は、読者を引っ張るストーリーのテンポと結末に、小説家としての大きな資質を感じました。シンプル…
「光秀の定理」(垣根涼介、角川文庫)を読みながら、ひさびさに小説というものを満喫しました。個性豊かな人物たちの造形と展開は見事で、しばしば味わい深い。わたしは垣根さんは初読でしたが、最後のページを閉じて思わず「これは、これは...」と、心の中…
知人に、図書館司書の女性・Sさんがいます。 「藤沢周平とか60代後半以降のおじいちゃんたちに、すごい人気なんだよねー。時代小説って、なんであんなに借りいくんだろ」 と首をかしげるのです。なんとなく理由を説明できる気もするのですが、短く端的な言葉…
「天才」(石原慎太郎、幻冬舎文庫)とは、だれか。カバー写真にある通り、国民の絶大な支持を得た総理大臣、そしてロッキード事件で逮捕、受託収賄罪で有罪判決を受けた田中角栄です。この小説の面白さは、書いた石原慎太郎さんが、当時は「田中金権政治」…
1989年から2019年までの30年間、毎年大晦日に渋谷のスクランブル交差点で無作為にインタビューし、「今年一番印象的だった事件や出来事」について語ってもらう。インタビュアーは堂場さん本人が実名で登場します。こうして集めた約300人の記録から、年齢、性…
一頭の馬の、誕生。まだ肌寒い北海道の小さな牧場。大自然の中で零細な牧場を営む一家が、大きな借金をして夢を託し、種を付けた牝馬(ひんば・お母さん馬)から、漆黒の体の仔馬が産まれます。顔に星の形をした白い毛の刻印を持って。 「優駿」(宮本輝、新…
若いころは、なかなか分からないんだよなあ...などとうそぶいてみるのは、年寄りの権利です。いや、単にわたしがかなり偏向した読書歴を持った年寄りだから、というに過ぎないのですが。 えっ、時代物?。武士とか町人とか、岡っ引の平次みたいのが出てくる…
はじめて読んだ宮本輝さんの小説が何だったか、もう記憶が定かでありません。デビュー作で太宰治賞を取った「泥の河」だったか、芥川賞の「蛍川」だったか。前後して村上春樹、村上龍さんがデビューした時期で、当時はこの2人に比べると地味な印象でした。 …