ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

偉大なる 昭和のオヤジ 〜「天才」石原慎太郎

 「天才」(石原慎太郎、幻冬舎文庫)とは、だれか。カバー写真にある通り、国民の絶大な支持を得た総理大臣、そしてロッキード事件で逮捕、受託収賄罪で有罪判決を受けた田中角栄です。この小説の面白さは、書いた石原慎太郎さんが、当時は「田中金権政治」を糾弾する若手議員の急先鋒だったことでしょう。

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 田中軍団を率い、絶大な権力を誇った総理・角さんに対し、リアルタイムで真っ向から対峙した仕事が、立花隆「田中角栄研究〜その金脈と人脈」と児玉隆也「淋しき越山会の女王」であったことは、ジャーナリズムの歴史の一コマとして刻まれています。

 身内である政治の世界、しかも自民党議員でありながら角さんを批判したのが石原さんでした。その石原さんがなぜ今になって、田中角栄を書き、しかも天才と呼ぶのか。生き様への賛否は別にして、敵であってもその「大きさ」は 認めるしかないということなのでしょう。そして手法は違っても、この二人が目指したところには、大きな共通点があったのだと思います。

 田中角栄の「日本列島改造論」。新幹線と高速道路を張り巡らし、地方空港を作って東京と地方の格差をなくすという趣旨は、まさに今の地方分権と振興政策につながっています。一方でアメリカの事前承諾を無視して電撃的に日中国交正常化を成し遂げ、エネルギー問題に直面するとアメリカの石油メジャーからの脱却を目指す。

 ところがこうした姿勢は、アメリカから見れば日本の度が過ぎた<わがまま>でした。ニクソン政権に睨まれ、田中失脚を仕掛けたのがアメリカ発のロッキード事件だったと、この本は述べています。同様の論考として「冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相」(石井一、産経新聞出版)もあります。

 わたしが思ったのは、あの時代はすでに歴史になったのだということ。新たな資料や仮説が出て、過去の出来事にさまざまな認識が生まれます。それが歴史の面白さです。だからと言って、起きた事実をだれも変えられない(こうであればよかったのに!)のが、歴史なんですね。

 さて、石原さんが描き出した角さんは、偉大なる「昭和のオヤジ」そのもの。政治にも女性にも、豪快なくせに、妙に繊細で。長く東大卒の官僚が支配してきたこの国で、高等小学校卒の土方から総理に上り詰めた稀有の存在でした。

 この本は言うまでのなく小説です。文学的な視点からとらえようとすると、評価を迷います。しかしどんな文学作品も、社会とのつながりを消しては(つながりに濃淡はあっても)存在しないのだと思えば、存在感のある作品だと言わざるを得ません。ある世代より下の人にとっては、ちんぷんかんぷんな1冊かもしれませんが。