ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

パンデミック 希望と絶望とは 〜「首都感染」高嶋哲夫

 中国で出現した新型インフルエンザウイルスが、パンデミックに至って世界中に感染が拡大。日本はどのようにして、何に生き残りをかけるのかー。「首都感染」(高嶋哲夫、講談社文庫)は2010年に発表された、新型コロナを予言したかのようなクライシス=危機=ノベルです。

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 北京で開催中のサッカー・ワールドカップ。世界中から熱狂的サポーターが集まっています。同じころ、中国南西部の雲南省で、極めて致死率が高い新型インフルエンザが発生し、村が次々と全滅。しかしワールドカップを成功させたい中国はウイルスの情報隠蔽と封じ込めを図りますが、破綻します。

 ここまでがほぼプロローグで、小説の書き出しからぞくぞくさせる設定ですね。やがてサポーターや選手たちがそれぞれ帰国したときどうなるかは、言うまでもないでしょう。日本の検疫も破られ、ウイルスが進入します。

 新型コロナとの闘いのさなかという現実があるだけに、ストーリーの展開によけいリアリティーを感じます。強毒性のインフルエンザウイルスは、コロナウイルスよりはるかに致死率が高いので、描かれているのはいまの現実よりもっと壮絶な闘いですが。

 病院に患者があふれ、次々と死んでいく中での医師や看護師たちの描写など、真に迫っています。有効な薬がなく、機材も足りない。若い医師は呻くように言います。

 「呼吸困難におちいって、時には鼻や口から血を吐いて。肺が機能しなくなって人工呼吸器をつけてあげたくても、ここには五台しかないんです。(中略)レントゲンを撮っても、それをどう役立てるかって。役立てようがない。ここに運ばれてきたときからシナリオは決められているんです。こっちはそれを演じているだけ。(中略)生死の違いなんて、役者の体力と運次第です。演出家の出番なんてないんです」

 破綻する現場。そして医療関係者にも感染が広がって...。

 日本の防疫が破られた早い段階に、この国のトップは東京封鎖(自粛ではない)という前代未聞の対策を断行し、これが小説の大きな柱になります。そしてワクチンと有効な薬の開発に挑む研究者たち。

 何人かのヒーローが登場します。もし本当に彼らのような存在が機能したなら、現実の新型コロナ禍の様相もずいぶん違ったでしょう。あるいはこれからの展開が変わるでしょう。まあ、小説が現実であればと考えること自体、ナンセンスなのですが。

 最後はちょっと感動的です。

 高嶋さんは「メルトダウン」「M8」(マグニチュード8)「TSUNAMIー 津波」など、東日本大震災を彷彿させるクライシス・ノベルも書いていて(もちろん東日本大震災発生前に)、これらの小説も読み応えがあります。

 未曾有の災害に見舞われたとき、人間は無力さを噛み締めることになります。同時に人の素晴らしさがひとすじ、救いのように立ち上ります。高嶋さんの小説に描かれているのはそんな人間たちの群像です。