ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

切なく悲しい ハッピーエンド 〜「金魚姫」荻原浩

 ハッピーエンドは心軽くなるけれど、たいていすぐに忘れる。悲劇だったら、心に刺さるけれど辛い。「金魚姫」(荻原浩 角川文庫)は、そのどちらでもなく、どちらでもあるような、絶妙のストーリーでため息つかせてくれます。

 恋人にふられ、ブラック企業に人間性を奪われ、アルコールと睡眠導入剤で生きながらえている青年・潤。祭りの金魚すくいで1匹の琉金を掬った夜、赤い衣をまとった美女が部屋に現れて.....。

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 現代日本をベースに、1700年前の中国、昔の琉球や長崎へと時空が飛ぶ夢幻譚です。現れた美女は金魚の化身ですが、そもそも金魚はかつて悲劇的な死を迎えた美女の化身。それにしても、読み進みにつれて人に化身した金魚姫が可愛く、切なくなっていきました。

 こんなカッパえびせんが大好きな金魚(金魚姫)が側にいて、電車に乗ったりレストランに行ったりしてハラハラさせてくれたら、楽しいだろうなあ。あっけらかんとした少女のようなお色気丸出しだし。などど、気づけば夢幻譚の中に取り込まれています。

 潤が勤務するブラック企業は仏壇販売会社、キャッチセールスのエリアは霊園、幽霊もたくさん登場して、田舎芝居の書き割りのような道具仕立てが満載ですが、そもそも金魚が美女に化身するという出発点が荒唐無稽なので、何でもすんなり読めてしまいます。荻原さんの巧さだなあ。

 この小説の陰のストーリーは、深い恨みに発した復讐譚です。現れたとき過去の記憶を失っていた金魚姫は、次第になぜ自分がこのような姿でこの世に存在するのかを悟り始めます。

 驚き!の結末について、ここで書くわけにはいきません。純愛にして悲恋、悲しいけれどハッピーエンド。こんな透明な作品の響かせ方は、「四度目の氷河期」などとも通じる荻原ワールドだと感じます。

 さて、金魚が魅力的な女性に変身する物語は、室生犀星が晩年に書いた「蜜のあわれ」(1959年発表)があります。老人と金魚のなまめかしい世界を描いた不思議な作品で、青空文庫でも読めます。

                

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