ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

粋なハードボイルド・ミステリー 〜「消えた女」藤沢周平

 若いころは、なかなか分からないんだよなあ...などとうそぶいてみるのは、年寄りの権利です。いや、単にわたしがかなり偏向した読書歴を持った年寄りだから、というに過ぎないのですが。

 えっ、時代物?。武士とか町人とか、岡っ引の平次みたいのが出てくるやつ?。

 高校生でロシアの重すぎる作家たちになぜかハマり、大学は英文科でサークルは仏文研(仏教文学ではありません、念のため)という若輩者だったわたしにとって、時代小説とは遠い別の銀河の文学現象のように思っていました。

 ところが、宮部みゆき、あさのあつこさんという名うての女性人気作家たちが、面白い時代小説を書き始め、時代物というジャンルが一気に視野に入ってきたのです。これは北方謙三さんが歴史小説に転向して、歴史物という世界が自分の中に広がったのと同じ構図です。若さを失ってなお、おっさんからじじいを目指しつつあってなお、新しい世界が広がるというのは、なかなか幸せな体験です。

 そうなると、これまで書店で素通りしてきた本の背表紙にも目がとまります。「消えた女 彫師伊之助捕物覚え」(藤沢周平、新潮文庫)は、時代物の中でも一気読みの1冊でした。

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 「うわー、これは粋なハードボイルドの名作だよ!」と、読みながら感嘆していたら、巻末の解説で長部日出雄さんがちゃんとこう書いておられました。

 たとえばこの作品を読んで、ぼくの連想に最初に浮かぶのは、アメリカのハードボイルド派の探偵小説である

 ブログで書こうと目論んでいた要旨があっさり指摘してあり、深くうなだれて、どうでもいい長い前置きからこの稿を書き始めるしかなかった次第なのです。う〜。

 手当たり次第にめくったページから、文章を引いてみます。

 六間堀を渡った八名川町で、そば屋が眼についたのでそばを食った。おまさの店まで行って、煮肴と味噌汁で飯を喰いたかったが、そこまで行くと遠回りになる。

                            (新潮文庫 66ページ)

 わたしは昔の江戸の地理など全く不案内なので、六間堀八名川町も皆目分かりません。小説にはこのほかにも、固有名詞がかなり出てきます。どれも知らない地名であるにもかかわらず、不思議なリアル感も持って立ち上がってくるのはなぜでしょうか。

 それは昔、「セーヌ川」「モンパルナス」などという言葉に憧れたときと、一味違ったリアル感です。そば 煮肴(にざかな)と味噌汁で飯 といった極めて具体的な食べ物とセットになって、飾らない江戸の庶民の空気を伝えてきます。

 なんだか粋な地名だなあ..とか、ちょっと食べたくなった、とか。主人公の彫師とともに「消えた(哀しい)女」を追いながら、藤沢さんはしっかりと細部でも読者の心をつかむのです。(ちなみに彫師は、入れ墨などではなく書物や浮世絵の版木を彫る職人です)

 短い引用では分かりにくいのですが、これは作家の文体、文章の力です。死後20数年を経て読み継がれる理由が分かったように思いました。ストーリー展開、作品としての構成の確かさはもちろんですが、まず語り口の「清潔さ」が読者を引きつけ続けるのでしょう。

 そもそも、アメリカのハードボイルド小説の魅力とは何か。わたしは探偵小説よりヘミングウエイの「老人と海」を思い浮かべますが、冷たいほどに簡潔で瑞々しい文体です。

 蛇足を一つ。藤沢周平さんは、「橋ものがたり」(新潮文庫)のような短編も名手です。