ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

謎解きは運命の軌跡 〜「草花たちの静かな誓い」宮本輝

 「遺体はどうするんです?」

 伊豆・修禅寺温泉の高級旅館で急死した63歳の女性。遺体と遺品を引き取りに来た甥の青年、弦矢(げんや)を、五十過ぎの警官が地味な警察車に乗せて案内し、そう問いかけます。太陽の光が優しい、4月半ばの若葉の季節。一人の女性の死の手続きが淡々と描かれる、どこか波乱含みの導入部です。

 亡くなった女性はアメリカで結婚して日本の親兄弟と絶縁し、夫に先立たれ、久しぶりの一時帰国でした。叔母の遺骨を持ってアメリカに渡った弦矢は、40数億円の遺産が自分に遺してあると弁護士から伝えられます。ただ、彼女には27年前にショッピングセンターで忽然と姿を消した幼い娘がいて、今も行方不明....。

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 「草花たちの静かな誓い」(宮本輝、集英社文庫)は、もともと通信社が配信して全国10数社の地方紙に連載された新聞小説、単行本になったときは「宮本輝初のミステリーか」と一部で騒がれたそうです。まあ、宮本さんにその意図はなかったと思うし、もともと(いわゆる)純文学の大家であると同時にストーリーテラーですから、ミステリーっぽくなることもあって自然です。

 ストーリーテラーと言っても、単純に「楽しませる」ためではなく、「人の在り方について」のストーリーテリングであるのが、宮本さんたる由縁ですね。

 考えてみれば、芥川賞系の純文学の作家であっても、人が持つある断面の真理や感覚を強調して尖らせ、斬新な作品と作風を打ち立てる人が大半で、どっしりと正面から「人」そのものを運命の流れに置いて問いかける作家は少なくなりました。

 その意味で宮本さんは正統的な<大家>であり、同時に古き良き時代の<大家の末裔>なのかもしれません。長く芥川賞の選考委員でしたが、今年になって委員引退を表明したのも記憶に新しい。

 こんなふうに書くとご本人から「おいおい、おれを勝手に過去の人間みたいに言うな」と、あのにやけた笑顔に凄みを漂わせて叱られそうですが。恐ろしい...。

 改めて書くまでもなく、この作品はミステリーではありません。だからミステリーファンの視点からつっ込んでも、意味はありません(つっ込み所はあるにしても)。舞台の大半はアメリカ、弦矢が訪れた亡き叔母の邸宅。西海岸の富裕層が暮らす狭いエリアで展開します。

 いかにもそれらしいところに見つかる「醜さ」は、大した醜さではない。想像もしないところに、人の本当の醜さと哀しみがあると、読み進めば知ることになります。そしてかけがえのない未来もまた、ごく普通に道端に転がっていたり。

 タイトルに「草花ー」とあります。亡き叔母の庭や、半島の自然が描かれます。人の生死を宇宙や自然の営みに溶かしこんで響かせるのは、宮本さんの十八番。と、百も承知していながら、何を隠そう読み終えた翌日の今日、ホームセンターで1ポット88円の花苗を3つ買い、狭い庭に植えたのはわたしです。やれやれ。枯らさないように頑張ることにしよう。