ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

リアルという名の<凄み> 〜「写実絵画の新世紀」別冊太陽

 ホキ美術館(千葉県)に代表される現代日本の新しい写実絵画について、自分なりに内面的な整理をしたいと思いながら、これまで放置してきました。たまたま1冊の別冊太陽を衝動買いしたことで、ちょっと考えてみることに。

 近年人気が高い写実絵画とは何か。「整理したい」と思っていたのは、生島浩、森本草介、諏訪敦さんをはじめとする一連の画家たちの仕事が、同じ写実主義(リアリズム)であっても絵の歴史が積み上げてきた過去のリアリズムと、明らかに地層が異なると感じるからです。どう異なるのだろう?。

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 大きなヒントを与えてくれたのが「写実絵画の新世紀 ホキ美術館コレクション」(別冊太陽、平凡社)。代表的な画家20数人の主要作を見事な色再現で印刷し、画集として眺めるだけでも楽しい。

 ところどころに配したコラムで、写実主義の歴史や現代作家たちの技法、さらに制作過程の一部も紹介してあります。主に油彩ですが、驚くべきその描き込みの姿勢。コラムを読んで思ったのは、制作へのこだわり方は、はるかルネッサンス時代の絵画工房に近いのかもしれないということ。

 実は、長くわたしにとって写実絵画とは「昔の絵」であって、美術団体で言えば写実系が多い「日展」は古臭くて冒険心に乏しい美術家の集まり、というのがお約束でした。若いころ、世の中の風潮は「抽象が分からなければ絵を語る資格なし。また固定観念を覆し続ける作品こそが素晴らしい」だったと思います。

 絵に限らず、現代詩は難解だし、現代音楽(クラシック)は新手の雑音としか思えなかったりもして。しかし最先端を理解しなければ、という思いだけが空回りしていた過去を思い出します。

 いまそうした考えを全否定する気はありませんが、一方で当時は写実全般を不当に軽視していたのは事実です。とすれば、現代の写実絵画はわたしにとって、さながら「リアリズムの逆襲」か。

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     「木霊のささやき」部分 油彩 五味文彦


 簡単に言ってしまえば<写実>は、モチーフにした人、あるいは物や景色を忠実に描くことでしょう。しかし絵は写真と違い、描かれる対象は画家の感性のフィルターと絵具を通して、筆やナイフで画布に再現されます。そこに画家それぞれの味や深みが獲得されることになります。

 ところが現代日本の写実絵画は、このルールを逆転させていると感じます。画家はひたすら自らの感性のフィルターを<無>に近づけ、超絶テクニックで対象そのものに入り込み、画布に再現していく。人間という不確かな生き物のフィルターで、対象をデフォルメ(変形)する傲慢を廃した結果、描かれた人や静物は、写真をはるかに凌ぐ存在感と凄みを獲得しています。

 何であれ、ただそこにある、そのことが凄い。と思わせてくれる。本書から引用すれば「見えないところまで、見える」。わたしが「これまでのリアリズムの地層と異なる」と感じるのは、これが理由なのかな。

 ところで、ウイルスという大自然の脅威の前に、わたしも家に籠もりがち。困るのは意に反して酒量が増えることです。この稿も麦焼酎を飲みながらですが、これ以上はさすがに回ってしまいそうで筆を置きます。

 最後に、ホキ美術館は昨年の台風被害と新型コロナもあり、残念ながら現在は休館中のようです。