ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

2019-01-01から1年間の記事一覧

4位に浜崎あゆみノンフィクション 〜2019.8.6 週間ランキング

1位、2位は先週と変わらず。4位に小松成美さんの「愛すべき人がいて」が初登場です。小松さん、わたしにはサッカーを中心にしたスポーツのノンフィクションライターというイメージが強いのですが、この新作は少し気になります。 同じく初のトップ10入りした…

こわれていく「人」というもの 〜「百花」川村元気

読後、最初に書く感想として適当ではありませんが、改めて本を眺め、カバー写真も含めて黄色をベースにした「いい装丁だな」と思いました。読む前は少しもそんなことを意識していませんでした。読み終わって初めて、静かにもの悲しい本の佇まいが際だって見…

DUOのこと、Eのこと

Eが死体が見つかったのは、2月の寒い朝だったそうです。夜、大学の後輩からかかってきた電話が、前後の様子を伝えてくれました。後輩は淡々と話しました。学生時代、彼はEの文学観と才能に傾倒していました。だからこそ感情を抑えようと、静かな口ぶりになっ…

桁外れなダイナミズム 〜「絶影 チンギス紀五」北方謙三

史上最大規模の世界帝国・モンゴル帝国の基礎を築いた、チンギス・ハンの生涯を描く北方謙三さんのライフワークが、最初の節目の第5巻まできました。といっても「絶影(ぜつえい) チンギス紀五」(集英社)で、将来のチンギス・ハンであるテムジンは、まだ…

懐かしい風 アール・ヌーヴォーの華 〜アルフォンス・ミュシャ展図録

ミュシャのポスターや絵画の魅力は、最初に出会って以来、わたしにとって不思議な「何か」であり続けています。その曲線と色彩、女性たちの佇まい。作品の前に立つと、パリでさまざまな文化が花開いたベル・エポック、叶うことなら行ってみたかったその時代…

別れの言葉は? 8つのSF短編集 〜「さよならの儀式」宮部みゆき

「さよならの儀式」(宮部みゆき、河出書房新社)は、8編で構成されたSFの短編集です。連作ではなく、完結するそれぞれの語りを、1話ずつ楽しむ1冊になっています。宮部さんには江戸時代を舞台にした「あんじゅう」のような怪奇談シリーズがありますが、「舞…

初登場2冊がワンツー・フィニッシュ 〜2019.7.30 週間ランキング

1位、2位はいきなりの初登場で、ワンツー・フィニッシュです。先週は文芸書のランクインだ目立って「この夏は小説か」と思った矢先の、やや驚きの展開でした。「大家さんと僕 これから」はベストセラーになった前作の続編。ほっこり系の感動マンガは、これが…

2005年(平成17年) ベストセラー回顧

2005年は、振り返ってみれば「小泉劇場」に代表される政治の年だったのでしょうか。郵政民営化法案の参院否決で、小泉首相がいわゆる郵政解散に打って出ました。自民分裂を恐れず、「改革」を打ち上げて反対議員の選挙区に「刺客」を立てるなど、見えやすい…

言葉の論理 感性の論理 〜「石原吉郎全詩集」(花神社、1976年)

「詩」とは、どんな表現形式なのでしょう。そもそも「詩」というものを、どのように定義すればいいのでしょうか。 散文に対して、韻文があります。しかし韻律に則った言葉のつながりだけが詩かというと、そうではありません。極端な話、散文詩もあるわけです…

日常生活の裂け目 現れるものは 〜「木曜日の子ども」重松清

書店に行くと、新人や未読作家になかなか手を出せない自分がいて、理由は幾つかあります。がっかりするか、がっかりはしないまでも、「次の作品も」と思えない経験をたくさんし過ぎたから。とにかく何でもがつがつ読みたい、若々しいエネルギーを失ったとい…

人としての傷、の痛み 〜「凍結捜査」堂場瞬一

犯罪は、人の「負の真理」の発露です。犯罪を追いかけるとは、だれもが持つ、あるいは状況次第で持つかも知れない陰の貌を明るみに出していくことです。一方で犯罪には被害者がいて、殺人事件などは当人や家族にとってどんな理屈でも埋めることのできない不…

文芸書が熱くなってきた 〜2019.7.23週間ランキング

「もっとざんねんないきもの事典」が2週間ぶりにトップを奪回し、「希望の糸」とのせめぎ合いが続いています。4位の「夏の騎士」百田尚樹 さん、9位 「てんげんつう」 畠中恵さん、そして 10位の「さよならの儀式」 宮部みゆきさんは初のベスト10入りです。 …

本屋さんへのレクイエム

仕事や個人的な旅行で、けっこう日本のあちこちを訪れました。旅先でぽっかり空いた時間が出来たとき、楽しみなのが、当てもなく街中を歩き回ることです。スマホで美味しい店とか安い飲み屋とか、観光スポットを探すわけでもなく、ただぶらぶら。 賑やかな街…

松方コレクション 美の運命は 〜「美しき愚か者たちのタブロー」原田マハ

上野の国立西洋美術館に足を運んだことがある人は、たくさんいらっしゃるでしょう。収蔵作品の中核が、松方コレクションと呼ばれる個人の所有物だったと知っている人も。「美しき愚か者たちのタブロー」(原田マハ、文藝春秋)は、そのコレクションの成り立…

トップに「希望の糸」、3冊が新たにランクイン 〜2019.7.17 週間ランキング

先週4位に登場した「希望の糸」がトップに躍り出ました。売り文句の一部を拝借すれば、「令和」初の東野圭吾さんの新作書き下ろしミステリーです。東野さんは息の長いベストセラー作家ですね。一時期、東野さんはけっこう読んだのですが、安定した力量を認め…

さまよう 魂の明滅 〜「日本詩人選8 和泉式部」寺田透

7月も半ばになれば、ゲンジボタルからヘイケボタルに移り替わる時期です。ゲンジボタルは大型でゆったり舞い、強い光で明滅します。わたしの住む地域なら6月中旬以降、主に里山の沢で見られます。ヘイケボタルは小型で、青白い明滅も早く、はかなげ、やはり…

今、この瞬間に ふかく、深く 〜「あなたの愛人の名前は」島本理生

旦那さん以外に抱かれたいと思ったことはないの? と訊かれた。 どきりとする書き出しで「あなたの愛人の名前は」(島本理生、集英社)は、始まります。恋と呼べるなら、恋と失恋を描いた6編の連作集。6編のうち5編が1人称で書かれ、主人公であるそれぞれの…

古書を通じた 文化史の醍醐味 〜「一古書肆(いちこしょし)の思い出」反町茂雄

古本屋さんに通う目的とは何でしょうか。新刊を安く買える。漫画、文学書を問わず、シリーズ物の揃いや全集が気軽に一括で手に入る。マニアなら、絶版書と出会える。得意なジャンルを持つ専門的な店(おもに東京・神田)で、初版本や色紙、昭和初期以前の雑…

ピアノ 素晴らしき残酷な世界 〜「蜜蜂と遠雷」恩田 陸

圧倒的な音量で、色彩豊かな響きを鳴らし、駆け抜けて行く交響曲を聴いた気分になりました。本編の楽曲が着地したあとは、アンコールをポロンと1フレーズ奏でて「蜜蜂と遠雷」(恩田陸、幻冬舎)は終わります。2017年の直木賞、本屋大賞ダブル受賞作。 ピア…

「もっとざんねんないきもの事典」がトップに 〜2019.7.9 週間ランキング

先週3位だった「もっとざんねんないきもの事典」が、一気にトップに浮上しました。これに引っ張られたのか「世界一おもしろい絶滅したいきもの図鑑」が久しぶりのランクインで6位に浮上しています。絶滅したいきもの図鑑の方は2018年7月、1年前の新刊ですか…

 幸せってなんだっけ? 〜「ゴドーを待ちながら」S・ベケット

谷川俊太郎さんの詩句に、こんなのがあります。 どんなに好きなものも 手に入ると 手に入ったというそのことで ほんの少しうんざりするな これ、分かる気がしませんか。それどころか時には、手にも入っていないのに、自分のものになると分かった瞬間から、求…

2006年(平成16年) ベストセラー回顧

「劇場型」とも言われた小泉政権が9月に終わったこの年、日本は一つの曲がり角だったのかもしれません。総人口がいよいよ減少に転じたことが明らかになり、いじめの自殺が各地で相次ぎました。ライブドア事件、村上ファンド事件も記憶に新しいところです。IT…

神様の7行 〜「夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった」谷川俊太郎

1970年代後半、田舎から東京に出てきた私は、五反田から高田馬場まで山手線を使って大学に通っていました。本を買うのはもっぱら早稲田の古本屋街、珍しく余裕があって新刊を買うのは、馬場のロータリーに面したビル3Fにある芳林堂書店でした。ごく稀に、五…

「一切なりゆき」がトップ奪回 〜2019.7.2週間ランキング

「一切なりゆき」がトップ奪回。2位の「ノーサイドゲーム」と3週連続の1位争いになっています。私は樹木希林さんの本、読んでいませんが、ここまで長期間のベストセラーとなると気になります。内容もですが、いまの日本人のどこに何がそれほど響くのか、知り…

新型インフル 日本の崩壊を予言 〜「サリエルの命題」楡 周平

アメリカの研究機関で生み出された、新型インフルエンザウイルス「サリエル」。致死率が極めて高く、短時間で重篤な状態に陥ります。その研究データがハッカーによって流出し、ネット上に公開されてしまいます。「サリエルの命題」(楡周平、講談社)は、パ…

いのちとの向き合い方 〜「鹿の王 水底の橋」上橋菜穂子

「鹿の王 水底の橋」(上橋菜穂子、角川書店)を簡単にまとめようとして、はたと迷いました。うーん。東乎瑠(ツオル)帝国を舞台にした医療ミステリー風のファンタジー小説、とでも言うか。2015年に本屋大賞を受賞した「鹿の王」の続編です。 いきなり話が…

時間を忘れ 大人のファンタジー 〜「鹿の王」上橋菜穂子

架空の国の多彩な自然や民族、生き物たち、政治から医療の細部まで、現実世界を超えて創り上げ、これほど重層的な物語を描ききることに感嘆します。「鹿の王」(上下、上橋菜穂子、角川書店)をはじめ、「精霊の守り人」「獣の奏者」など上橋さんのすべての…

二つの悲しみの違い 〜「水滸伝」北方謙三

「小説すばる」1999年10月号で連載スタート。 頭ひとつ、出ていた。 という、短い1行が冒頭にあり、すぐ改行。「水滸伝」(北方謙三、集英社)の始まりでした。連載は2005年7月号まで続き、19巻、原稿用紙9500枚超の大作になりました。 味も素っ気もない1行…

「ノーサイド・ゲーム」がトップに 〜2019.6.25週間ランキング

先週、いきなり総合2位に食い込んだ「ノーサイド・ゲーム」が、春から盤石の売れ行きを見せてきた「一切なりゆき 樹木希林のことば」を抑えてトップに躍り出ました。文芸書が総合1位になるのは久しぶりです。私もさっそく読んで、レビューを投稿してあるので…

鮮やかな逆転劇、そして 〜「ノーサイド・ゲーム」池井戸潤

いま旬の一冊が、発売後すぐにベストセラーになった「ノーサイド・ゲーム」(池井戸潤、ダイヤモンド社)です。鮮烈な逆転劇、信頼していた人物の離反や敵対者が実は理解者だったなど、他の池井戸作品と共通する要素がいっぱいで、ファンにとっては「そこが…