ことばを食する

本たちとの、出会い、すれ違い、言葉との恋愛。つれづれなるまま記していきます

ピアノ 素晴らしき残酷な世界 〜「蜜蜂と遠雷」恩田 陸

 圧倒的な音量で、色彩豊かな響きを鳴らし、駆け抜けて行く交響曲を聴いた気分になりました。本編の楽曲が着地したあとは、アンコールをポロンと1フレーズ奏でて「蜜蜂と遠雷」(恩田陸、幻冬舎)は終わります。2017年の直木賞、本屋大賞ダブル受賞作。

 ピアノの国際コンクールを舞台に、一次予選、二次予選、三次予選、本選と進む若いピアニストたちのせめぎ合いを軸に、審査する音楽家たちの視点と人間模様をからませ、息つく間もないスピード感があります。ピアノコンペという狭くて濃い世界に、これだけ広がりを描き出す力量に脱帽。なんだか賛辞の嵐になりましたが、そのへんの推理小説よりよほどわくわくしました。

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 小説としての読ませ方は、周到に構築してあります。弟子をとらない孤高のピアニストが、死の前に唯一「推薦状」を残したのが、ピアノさえ持たない少年ピアニスト・ジン。遺書ともとれる推薦状には、ジンが天からの「ギフト」であると記されています。そして「災厄」にもなりうると。

 コンクールにはジン、天才少女として国内外のジュニアコンクールを制しながら13歳で母の死をきっかけに表舞台から消えた亜夜、ジュリアード音楽院のエース・マサル、その他各国から天才や神童たちが集まります。

 心憎いのが、高島明石という脇役。音大出、妻子持ちのサラリーマン。若い才能に圧倒され、自分の凡庸さはとっくに知っているけれど、ピアノへのひたむきな思いでチャレンジしてきます。

 しかし私がひかれたのは、こうした小説としての道具立てもさることながら、バッハの平均律に始まり、モーツァルト、ベートーベン、ショパン、バルトークなど、それぞれの楽曲を、演奏者の生き方にからめて鮮やかなイメージとして描く、筆の勢いです。音楽は終わりまで決して立ち止まらない芸術ですが、恩田さんの文章もかけ続けます。飽きさせることなく、新たなイメージを次から次へと描き出しながら。

 多くが聴いたこともないか、聴いてもとっくに忘れた曲でしたが、文章に退屈するどころか満喫してしまったのです。う〜ん、こんな小説ほかにないと思う。そしてピアニストというものがいかに過酷で切ない職業か、改めて知りました。

 さて、コンクールと恋の行方(あっ、恋の方はふれてなかった)はいかに。

 恩田さんはデビュー作の「六番目の小夜子」以来、大半の作品を楽しませてもらいましたが、「蜜蜂と遠雷」には驚きました。それまでの作品から、恩田さんとクラシック音楽との結びつきは、かけらも想像していませんでした。

 現段階での、恩田さんの最高作だと思います。