ことばを食する

本たちとの、出会い、すれ違い、言葉との恋愛。つれづれなるまま記していきます

古書を通じた 文化史の醍醐味 〜「一古書肆(いちこしょし)の思い出」反町茂雄

 古本屋さんに通う目的とは何でしょうか。新刊を安く買える。漫画、文学書を問わず、シリーズ物の揃いや全集が気軽に一括で手に入る。マニアなら、絶版書と出会える。得意なジャンルを持つ専門的な店(おもに東京・神田)で、初版本や色紙、昭和初期以前の雑誌類、江戸以前のさまざまな古典籍(というか史料)を探す。.....などなど。

 「一古書肆の思い出」(反町茂雄、平凡社1ー5巻・著者死去により未完)に出合ったのは数年前、私が住む地方の古書店でした。例に漏れず寂れきった商店街の隅に奇跡的に営業を続けている、間口二間半の小さな店です。1巻目を手にとって開くと、葉書が挟んでありました。宛先は大学を出て間もないころに私が取材した、ある蔵書家でした。葉書によって、私はその方が既に亡いこと、そして膨大な蔵書がこの地で細々と流通していることを知りました。

 たぶん前の持ち主の痕跡を葉書で残してしまうのは、古本屋さんのミスだと思うのですが、ミスがなければこの5巻本を買わなかったでしょう。そして私の手元にこの本が来たことに、読みながら感謝しました。

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 反町さんは1901年(明治34年)長岡市生まれ。1991年没。東大法学部を出て、神田神保町の古書店に「小僧」として就職。この本は反町さんの自伝であると同時に、日本の古書界の歴史であり、古書を通した世相と文化史に関する生の証言になっています。

 ひたすら西洋文明に学ぼうとした明治時代、日本の古典籍はほとんど価値のないものでした。古書の流通における価値の変遷を、取り引きの生の体験を通じて知るだけでもスリリングです。華族、旧大名家の没落に伴う貴重な蔵書の売り立てや散逸に、胸が痛みました。反町さんが掘り出した古典籍は、その後多くが国宝や重文に指定されます。

 たまたまこの本を入手したころ、私は地元の美術館が企画する「大友家持展」にかかわっていました。本に、大友家持自筆署名のある宝亀3年正月13日の太政官符が出てくるではありませんか。すぐに美術館に連絡を入れ、学芸員が太政官符の行方を追ってくれました。本の中では金沢市の個人蔵となっていましたが、現在は文化庁の所有。家持展のメーン展示の一つになりました。

 画商・林忠正死後の膨大な本の行方も心に残ります。最近では原田マハさんが「たゆたえども沈まず」(幻冬舎)で、印象派の画家たちとの濃い交流を描いて、林の再評価を図りました。

 19世紀後半に浮世絵があれほど西洋で流通し、高い評価を得たのは、パリに林忠正という聡明で、美術に造詣の深い画商がいたからこそでした。やがて印象派の人気が日本に入ってくると、日本人はようやく西洋を通して浮世絵の美術的な価値を認めます。林の不幸はそこにありました。浮世絵という文化財を、海外に売った悪人になってしまい、美術史の表通りから抹殺されたのです。

 なんだかとてもがっかりする、日本的な、文化史の裏側です。林がいなければ、印象派の幾つかの名画は生まれず、ヨーロッパやアメリカの名だたる美術館に、浮世絵の名作が素晴らしい保存状態でいまに残ることもなかったでしょう。

 「一古書肆の思い出」は絶版。ネット検索すれば、古書で比較的容易に入手できるはずです。