ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

こわれていく「人」というもの 〜「百花」川村元気

 読後、最初に書く感想として適当ではありませんが、改めて本を眺め、カバー写真も含めて黄色をベースにした「いい装丁だな」と思いました。読む前は少しもそんなことを意識していませんでした。読み終わって初めて、静かにもの悲しい本の佇まいが際だって見えたのです。それは小説の力であり、装丁したデザイナーの力でもあるのでしょう。本の帯は、いらない。

 作品は認知症を扱って面白いのですが、どこか映画のノベライズのようにも感じてしまい、読む人次第で評価が分かれそうです。

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 認知症が進む独り暮らしの母と、働き盛りでもうすぐ第一子が生まれる息子の物語です。ピアノ教師の母が、シングルマザーとして息子を育てあげたという濃密な背景があるために、病によって引き起こされる現実が、より際立ちます。

 認知症が、「母」というものの愛情の深さ、さらに「女」としての母を、過去から鮮やかに浮かび上がらせ、そして消えていきます。人、あるいは人の生涯とは、平凡で凄まじく、悲しくて愛おしいものだと、最後のページを閉じて感じました。

 わたしの逝った父も最後の数年は認知症になり、その過程を見ていたので、よけい感応したのかもしれません。認知症は、記憶の混乱を通して、人の深いところに沈んでいた断片をさまざまにあらわにします。

 介護する側は大変ですが、寄り添うために、人の一生という広大なフィールドを俯瞰しようと努力することになります。それって、何気にすごいことです。否応なく、今度は自分を省みて、人というものの「なにか」を悲しく納得します。この小説も、その道筋にリアリティがあります。

 あっ、抽象的すぎますね。禅問答みたいで、すいません。

 川村さんはもともと、映画プロデューサーとして実績のある作家。小説の構成からも読み取れて、母の1年間の失踪と日記の扱い方や、死と入れ替わりに第一子が誕生するエンディングなど、90分の映画なら許せるけど、小説でやると「出来すぎ感」が残るのは確かです。半円の色鮮やかな花火を、視覚的な暗喩として描くところなんかも映画的かな。

 一方、表現する者として、認知症を描くなら映画でなく、小説という形式だったのも理解できます。認知症、現代の身近な現実を、ここまで読ませる小説は少ないのではないでしょうか。わたしとしては、身近な経験をからめて、読後に切ないなにかを残してくれた1冊でした。