ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

本屋さんへのレクイエム

 仕事や個人的な旅行で、けっこう日本のあちこちを訪れました。旅先でぽっかり空いた時間が出来たとき、楽しみなのが、当てもなく街中を歩き回ることです。スマホで美味しい店とか安い飲み屋とか、観光スポットを探すわけでもなく、ただぶらぶら。

  賑やかな街も、寂れた街も、歩く速さに合わせて移り変わる光景の中に自分を置いて、土地の人とすれ違い、様々な音や声を響かせる空気に洗われるのが好きです。

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 こんな無害だけれど何の役にもたたない趣味をもっているので、知らない土地に行くときは一人が望ましい。同行者がいると気遣わざるを得ません。その場合は、残念ながらわたしの楽しみを封印します。

 当てもなく歩き回ると書きましたが、見つければ立ち寄るのが本屋さんです。郊外の大型店は別として、街中の本屋さんの新規開店なんて、いまの日本、とくに地方ではまずありません。その土地に根付き、人びとと付き合ってきた古くからの書店だけが、なんとか頑張って生き残っています。めったに出合えませんが、古本屋さんがあれば心の中で小さく喝采します。

 昔からの本屋さんは、蛍光灯がつく店内に入るだけで、ほんの少しその土地に受け入れてもらった気がするから不思議です。平積みをチェックし、書架を眺めて歩を進め、何も買わないことが多いので申し訳ないのですが、まれに買うこともあります。

 10年前、出張で青森市に行きました。例によってぶらぶらし、見つけた本屋さんで買ったのが「恋の蛍」(松本侑子、光文社)。太宰治のふるさと・青森でなかったら、絶対買っていませんね。なにしろこれ、太宰と入水した山崎富栄の評伝小説ですから。

 本に関しては、読む価値あり。加えてわたしには、青森のかなり古びた、かつては市内でも指折りであったろう本屋さんで買ったことに価値があります。もしかすると太宰がいたころから営業していたお店かも。わたし以外、どうでもいい世界ですけどね。

 買った後、駅近くまで戻って「食事処 おさない」でホタテフライ定食とビールを1本注文しました。ここも昔からの食堂といった雰囲気。ホタテフライが美味しかった。もうあの本屋さんと、「食事処 おさない」に行くことはないだろうなあ。

 本屋さんに出合えないとき、立ち寄るのは食品スーパーです。鮮魚売り場に行くと、並ぶ魚介類にお国柄を感じます。岡山市のスーパーの品揃えが、わたしの住むところとあまりにも違うのに驚きました。中国、四国の瀬戸内海に面した地方は似通っていると思うのですが、浅い海の魚ばかりです。考えてみれは瀬戸内海ですから、日本海の深海や回遊魚、太平洋の魚は地物になくて当たり前なんですが。

 こんな楽しみをもつ自分は、人間の脳みそをもった恐竜みたいな気がしています。絶滅危惧種。しかも近い将来、確実に絶滅が確定している生き物かな。

 最近、私がしばしば通った地元商店街の本屋さんが閉店しました。戦後間もない頃、ある高校生2人組が通った店でもありました。2人はのちに漫画家として大成し、自伝漫画の中にもその本屋さんが出てきます。いま前を通れば、上の看板はそのままに、閉ざされた入り口があるばかりです。