犯罪は、人の「負の真理」の発露です。犯罪を追いかけるとは、だれもが持つ、あるいは状況次第で持つかも知れない陰の貌を明るみに出していくことです。一方で犯罪には被害者がいて、殺人事件などは当人や家族にとってどんな理屈でも埋めることのできない不条理です。
すぐれた警察小説の面白さは、そうした抜き差しならない事実の上に、フィクションを成立させていることです。犯人を追いかける刑事も生身の人間ですから、捜査の進展に従って傷を負います。逆にスーパーヒーローのような刑事が登場する小説は、個人的につまらないですね。
「凍結捜査」(堂場瞬一、集英社文庫のための書き下ろし)は、国際化する現代社会を背景に、最後まで一気読みの作品でした。堂場さんは驚くべき多作の作家ですが、駄作が少ない一流の仕事人だと思います。
北海道で雪の下から男の射殺体が発見されます。後頭部から2発。暴力団の制裁でも、そんな殺し方はしません。半年後に、東京のホテルの1室で女性の射殺体。やはり後頭部から2発。函館中央署の女性刑事・凜、警視庁捜査一課・神谷が謎に迫る....では、ありきたり過ぎる紹介ですね。登場人物の造形と交錯が読ませどころの一つですが、それはリアルに紹介のしようがありません。
「凍結捜査」はシリーズものの最新作で、最初の「検証捜査」(集英社文庫、2013年)から数えて5作目になります。全く未読なら「検証捜査」から読むことをお勧めします。その後は、どの作品でもいいと思いますが。
警察小説は、多彩な作品がひしめく人気ジャンルです。純文学系の読者からはえてして黙殺されがちですが、私は魅力を感じます。ドストエフスキーの「罪と罰」だって、高利貸しの老婆惨殺を基点にした、ラスコーリニコフと追い詰める刑事に、娼婦がからんだ当時の警察小説です。苦悩や宗教的救いがテーマですが、日本の警察小説も救いに宗教がからまないだけで、その基本構造は同じです。
警察小説で私が思い浮かべるのは、堂場さんのほか佐々木譲さん、誉田哲也さんがベストスリー。それぞれの面白さがありますが、警察官という人間、組織の論理を描いていちばん自然というか、違和感がないのは堂場さんです。まあ、元読売新聞のサツ回り記者ですから当然ですね。
「凍結捜査」について一つ付け加えると、互いに傷を持つ大人の恋愛小説という側面もあって、これがまた捨てがたい....。