ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

2019-01-01から1年間の記事一覧

卒塔婆小町、老いて無残 〜「近代能楽集」三島由紀夫

千年も昔の夕暮れどき、闇が迫る京の都の外れ、百歳(ももとせ)とも見える乞食の老婆が、朽ちかけた卒塔婆(そとうば・そとば)にぐったり腰掛けています。顔は皺に覆われ、ボロをまとった姿からは垢と脂の酸い臭いが漂ってきます。 たまたま通りかかった高…

2008、2007年 ベストセラー回顧

2007、2008年は、あまり明るいニュースがないですね。2007年1月に不二家が消費期限切れ牛乳を使ってシュークリームを製造していたことが発覚してから、次々と食品偽装が発覚。船場吉兆の女将「ささやき」記者会見、覚えている方も多いのでは。年金の未統合問…

痛み、死の気配、そして生きることの皮膚感 〜「蛇にピアス」金原ひとみ

面白いとか、感動したと言うより、胸に痛みが残る小説にときどき出会います。「蛇にピアス」(金原ひとみ、集英社文庫)はそんな一冊でした。文庫本で100ページ余りを駆け抜けて鮮烈。この作品を書いたとき、作者19歳。「才気あふれるデビュー作」などという…

甘く、苦い、この国の青春記 〜「坂の上の雲」司馬遼太郎

8冊の文庫本「坂の上の雲」1〜8(司馬遼太郎、文春文庫)を目の前に置いて、途方に暮れています。この大作について、短い文章で何を綴ればいいのか。前回の稿で池井戸潤さんにかんして、「読めばとにかく元気をもらえる」と書きました。ふと、自分が元気をも…

「ノーサイド・ゲーム 」一気に2位入り 〜2016.6.18週間ランキング

池井戸潤さん、さすがに強い。「ノーサイド・ゲーム 」がいきなり総合2位に食い込み、単行本・文芸書部門ではごぼう抜きのトップに登場です。私はまだ読んでいませんが、情報を探すと「経営戦略室から左遷された男、しかもラグビー素人がラグビー部を立て直…

燃え尽きるとき 美しい夢 〜「鉄道員 ぽっぽや」浅田次郎

最初に読んだのがいつだったか、定かではありません。数年後、再読したくなったときに本が見つからなかった。部屋のどこかに必ずあるはずなのに、下手に本棚や周辺をひっくり返すと、収拾が付かなくなりそうであきらめました。仕方なく、翌日もう一度買った…

2010、2009年 ベストセラー回顧

私は20年ほど前から、YAHOOカレンダーでスケジュール管理をしているのですが、過去を振り返るとき実に便利です。2010年、2009年の今日は何をしていたか、一発で分かります。会議とか訪問先とか、ほぼ仕事の予定ばかりですが、記憶が鮮明なものも結構あって懐…

するする読めて、切ないぞ 〜「まぐだら屋のマリア」原田マハ

新約聖書の福音書によれば、限りなく官能的な娼婦であり、しかも聖女でもあったというマグダラのマリア。一方、小説の方は「まぐだら屋のマリア」(原田マハ、幻冬社文庫)。まぐだら屋は、さいはてのごとき海の寒村にぽつりと建つ定食屋。そこにマリアがい…

梅雨入り、トップ10ほぼ出入りなし 〜2019.6.11週間ランキング

季節は梅雨入り。じめじめした日が続いています。私は降雪地域に住み、夏も雪が残る北アルプスの稜線を遠望して暮らしていますが、梅雨時期は雲に山並みが隠れてしまうのが残念。でも冬の雪と梅雨のおかげで、年間を通して豊かな水に恵まれているのはうれし…

ああ こんなよる 立ってゐるのね 〜「吉原幸子全詩」

思いっ切り当たり前で、ナンセンスな言葉を連ねてみます。 風、吹いている。木、立っている。ああ、こんな夜、立っているのね、木。 風が吹いても、雨が降っても、夜であろうと昼であろうと、木は枯れるか雷が落ちない限り、立っていて当たり前です。「ああ…

2012、2011年 ベストセラー回顧

この稿で2011年まできました。3月11日午後2時46分、あの東日本大震災のあった年です。私は東北在住ではありませんが、不意に始まった、長いめまいのような揺れは今も鮮明です。NHKのヘリがとらえた津波の映像、そして原発。原発報道では日本のメディアより、…

2014、2013年 ベストセラー回顧

この稿を書きながら、読んだ本をちらちら再読したりして、予想外の時間がかかりました。しかもほんの数年前の本を探し出すのに苦労したり。もっと部屋の整理しないとだめですね。分かってはいるんだけど...w 2014年(平成26年) 主な出来事 STAP細胞論文発表…

いのちに向き合う 〜「新章 神様のカルテ」夏川草介

「新章 神様のカルテ」(夏川草介、小学館)は、地域病院で悪戦苦闘した若い医師・栗原一止(いちと)が、舞台を新たに患者と向き合い、巨大組織の権力構造の中でもがく「大学病院編」スタートとなる1冊です。こういう場合の決まり文句ですが、たとえ前作ま…

3位にコミック「俺、つしま(2)」 〜2019.6.4週間ランキング

樹木希林さん、おしりたんていシリーズの2強は、今週も強いですね。特に樹木希林さんの「一切なりゆき」は、年間ベストセラーでも上位確定という感じです。 注目されるのが一気に3位にランクインした「俺、つしま(2)」。ネコを主人公にしたほのぼの系?コミ…

2016、2015年 ベストセラー回顧

2016年(平成28年) 主な出来事 熊本で震度6強(4月) 障害者施設・津久井やまゆり園事件で19人死亡(7月) リオ五輪で日本のメダル41(8月) 天皇陛下退位のお気持ち表明(8月) アニメ「君の名は。」大ヒット(12月) 【総合】 ①「天才」石原慎太郎 ②「お…

2018、2017年 ベストセラー回顧

2018年から遡って、順次、各年ベストセラーを振り返ります。年間ベストセラーのデータは、TOHANが1990年以降を公開しているので利用させてもらいます。詳しいデータを知りたい場合は、そちらを参照してください。1980年代以前のデータもネット上にいろいろあ…

さわやかな浴衣のような 〜「舟を編む」三浦しをん

既に読んだ方には、あらためてその魅力を語るまでもない「舟を編む」(三浦しをん、光文社文庫)。読んだ後、久しく開くことのなかった国語辞典を本棚の隅から引っぱり出し、埃を払って「女」という言葉を繰ってみました。 いや待てよ、この繰るという言葉使…

午後の紅茶とケーキ 〜「そして、バトンは渡された」瀬尾まいこ

2019年の本屋大賞受賞後、ベストセラー・ベスト10入りの常連になっているのが「そして、バトンは渡された」(瀬尾まいこ 文芸春秋)。安心して楽しめる、午後の紅茶とケーキのような味わいでした。もしも小説に、舌が痺れる酒のような刺激や、思わず目が覚め…

人みな修羅を秘める 〜「利休にたずねよ」山本兼一

秀吉が千利休に切腹を命じた史実は、もちろん知っていました。二人の関係についてはいろいろ書かれているし、私自身が持つ二人のイメージからさらに踏み出すために、新しく何かを読むつもりもありませんでした。なのにどうして、この本が手元にあるのか。 書…

哀しみは酒のように燃え 〜「喝采 水の上着」清水哲男

振り返ってみると、若いころはそれなりに恋もしました。本にも、人にも。なにしろ昔の話なので、恋した中にはもう本屋さんの店頭になく、注文しても絶版という本が珍しくありません。 「喝采 水の上着」(清水哲男、深夜叢書社、1974年)も、そんな1冊。詩集…

樹木希林さん 相変わらず強い 〜2019.5.28週間ランキング

先週2位、4位だった樹木希林さんの本が、今週はトップと6位を占め、これからもまだまだ勢いは続きそうです。新聞広告もけっこう出ていて、不況の出版業界にあって息の長いベストセラー、貴重なドル箱になっていることがうかがえます。 先週1位だった「おしり…

視線の向こうにあるもの 〜「松本潮里画集 迷想園」

5月というのに、連日の30度超えにぐったりして帰宅。昨夏の猛暑からいよいよおかしくなり始めたと思える地球環境は、いったいどうなっていくのだろう。身の丈を超えた壮大な心配をしつつ、暑さも、寒さもない、不思議な世界のページをめくりました。 「松本…

うまく悲しむこともできない 〜「星々たち」桜木紫乃

桜木紫乃という作家は、たくさんのことを書けそうで、いざ書こうとするとなかなか難しいですね。軽々しい言葉はたやすくはね返されるか、身をかわして受け流されてしまいそう。「星々たち」(実業之日本社文庫)もそんな一冊。 文庫本裏表紙の紹介文を借りれ…

1位はおしりたんていシリーズ 〜2019.5.21週間ランキング

トーハンが毎週発表する週間ベストセラーをチェックします。ベストセラーランキングは各種発表されていますが、ここはやはり出版社と全国の書店を結ぶトーハンにします。 トップは人気の児童書・おしりたんていシリーズの新作なんですね。ハウツーものでなか…

写実ということの底知れなさ 〜「どうせなにもみえない」諏訪敦絵画作品集

最初にお断りしておきます。「写実ということの底知れなさ」は、この作品集に寄稿した作家・古井由吉さんの文章のタイトルです。これから書こうとするのはもちろんまったく別物ですが、タイトルを付けるとしたらこれ以上の言葉が見つかりそうにありません。 …

小説家としての鎮魂 〜天童荒太「ムーンナイト・ダイバー」

この1冊、なぜ手に取ったかと言えば、文庫本の帯で3.11、あの東日本大震災に向かい合った作品だと知ったからです。天童荒太「ムーンナイト・ダイバー」(文春文庫、2019年。単行本は2016年刊)。そのままレジに向かったのは、平日午後の比較的閑散とした書店…

肩の力を抜いて召し上がれ 〜川上弘美「天頂より少し下って」

春まだ浅いその日、自分の内面を整理する言葉がちょいほしくなり、短編集が読みたくなって、帰宅途中に国道の陸橋そばにある書店に立ち寄りました。「天頂より少し下って」(川上弘美、小学館文庫)。 店内のタリーズコーヒーに入り、本日のコーヒー・ショー…

ブログを始めるにあたって..

本との最初の出会いを記憶に辿ると、曖昧な映像や感情の痕跡が漂う深海を、手探りする気分になります。触れてくるものはあるけれど、確かなものをつかみ取ることができません。 あきらめて少し水面に向かうと、ようやくしっかり輪郭を持った記憶がいくつも現…