ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

人みな修羅を秘める 〜「利休にたずねよ」山本兼一

 秀吉が千利休に切腹を命じた史実は、もちろん知っていました。二人の関係についてはいろいろ書かれているし、私自身が持つ二人のイメージからさらに踏み出すために、新しく何かを読むつもりもありませんでした。なのにどうして、この本が手元にあるのか。

 書店に並ぶ膨大な書物の間をぶらぶらして背表紙を眺めていると、時々ささやきかけてくる本があります。「わたしを買ってください...」。全部買うときりがないので、たいていは手に取った後、もとの棚に戻します。次に行ったときには、不思議なことにまた別の本がささやいてきます。

 ただ同じ本が、控えめに何度もささやきかけてくることがあって、「利休にたずねよ」(山本兼一、文春文庫)はそんな1冊でした。ちょうどそのころ、素人の私が仕事の関係で何度か茶席に招かれ、四苦八苦したことも影響したのでしょう。

 そして最初のページをめくった日のうちに、読み終えていました。

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 小説はいきなり、利休切腹の朝から始まります。秀吉への怒りと憎しみ、長年連れ添った妻との静かな会話。そして冒頭の章は、核心にかかわるもう一人の女の存在を示して唐突に終わります。

 

 ーあの女

 十九のとき、利休が、殺した女である。

 

 作品は切腹の朝から過去へと遡り、利休、秀吉だけでなく家康、信長、光成など複数の視点から、利休と秀吉の人間像と歴史を彫り上げていきます。こうした構成は、まさに小説家としての力量ですね。そして作品終盤に至ってようやく、利休が十九のとき殺した女が描かれます。

 それは、あっけなくてはかなく、考えようによっては小さなエピソードかもしれません。しかしそれでいいのだと思います。はかない、いっときの出来事に生涯、心の奥底を左右されてしまう。それも人の心の修羅だと思うのです。

 私は殺戮に生きた戦国の武将たちが、静かな茶の湯を愛したという心あり方に、実は人の孤独を読み取ってきました。巻末の対談で作者が語っていますが、そんな侘びさびの世界に鮮やかな「艶」、女というもう一つの修羅を流し込んだのがこの小説です。