ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

午後の紅茶とケーキ 〜「そして、バトンは渡された」瀬尾まいこ

 2019年の本屋大賞受賞後、ベストセラー・ベスト10入りの常連になっているのが「そして、バトンは渡された」(瀬尾まいこ 文芸春秋)。安心して楽しめる、午後の紅茶とケーキのような味わいでした。もしも小説に、舌が痺れる酒のような刺激や、思わず目が覚めるコーヒーの苦みを期待していたら、肩すかしをくらいます。

 これは小説というより「物語」かな。血の繋がった両親と別れ、別の母、2人の養父のもとを転々として成長する女の子という設定自体、既に物語ですね。

 そして作品には、いい人しか登場しません。いや、これがまた現実にはありえないほどいい人ばかりなのです。一部、主人公をいじめの標的にする女子高生2人が出てきますが、なに、本物のいじめと比べたら可愛すぎます。

 

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 そもそも第1章の書き出しに

 困った。全然不幸ではないのだ。

 と大胆に置き、物語に善意の人ばかりを投入し、最後はしっかり読ませる(店頭のPOPなら「思わず涙してしまう」)物語に仕上げるなんて、なかなかのものだと思いました。

 普通は、リアルな不幸または困難、立ち向かう姿、耐えた先の光に涙するのが、読者のパターンですから。書き手の立場からみれば、この定型の逆をいって読ませるというのは、勇気が必要ではないでしょうか。

 改めて考えたのは、本屋大賞についてです。芥川賞、直木賞が「小説」に贈られるとしたら、本屋大賞は「物語」なのかな。ちなみに過去の受賞作は2018年『かがみの孤城』辻村深月、17年『蜜蜂と遠雷』恩田陸、16年『羊と鋼の森』宮下奈都、15年『鹿の王』上橋菜穂子などです。第1回は2004年で小川 洋子『博士の愛した数式』が選ばれています。

 選考委員会の一流作家が選ぶのでなく、書店がお客さんに読んで欲しい本を選ぶ賞というのは、発想が現代的です。上から目線ではなく、より読者に近い目線ですよね。