ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

心の迷宮 血は流れて雪はやまない 〜「冷たい校舎の時は止まる」辻村深月

 わたしはお化けとか超常現象の類を、これっぽっちも信じません。確かに時には面白いけれど、フィクションの世界。と、分かっているはずなのに、実は怖がりなのです。頭で考えていることに反して、体が反応してしまう。

 「冷たい校舎の時は止まる」(辻村深月=つじむら・みづき、講談社文庫)を読み始めて、2回か3回くらい、鳥肌が立って背筋が寒くなりました。でもこれ、基本的に恐怖小説ではありません。高校生たちの多感な心が創り出す、ミステリーです。

 たまたま悪い夢を見て午前3時過ぎに目が覚め、起き出してブラックコーヒー飲みながら最初のページをめくった、そのシチュエーションがなんとも物語にマッチしてしまいました。

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 雪の降る日、荒天をぼやきながら普段通りに登校した高校生8人。なぜか校内には彼ら以外に人の気配がありません。え、連絡こなかったけど雪で臨時休校?。

 校舎の出入り口や窓は閉まったまま動かなくなり、時計が止まり、携帯もつながらなくなり...。起きていることの異常さに驚きながら、彼らはもっと不思議なことに気づきます。

 2カ月前の学園祭最後の日、この中の一人は校舎の屋上から身を投げて自殺したはずだった。ところが死んだのは誰だったか、全員の記憶がぼやけて思い出すことができない...。8人のうち、すでに死んでいるのは誰なのか、それとも自分なのか。

 雪に閉ざされた校舎で8人は力を合わせようとするけれど、一人づつ消えていく物語は、ミステリーのきわめて古典的な骨格。その磐石な構造に、読者を取り込んでしまうのは辻村さんの力量ですね。これを書き上げたエネルギー、すごいと思う。

 文庫で分厚い上下2冊。そのボリュームに一部の隙もなく、緻密に、迷宮のような空間が作り上げられています。一つひとつのエピソードはきっちり後から生きてくるのですが、読んでいるわたしは先を見通すことができず、見事に翻弄されました。

 高校生や中学生を描いて、大人も読めるミステリー小説はそう多くないと思います。でも個人的なベスト3がこれで決定かな。「冷たい校舎の時は止まる」に加え、「六番目の小夜子」(恩田陸)「ソロモンの偽証」(宮部みゆき)。どれがベストではなくて、3作は順不同です。

 辻村さんは「鍵のない夢を見る」で直木賞(2012年)、「かがみの孤城」で本屋大賞(2018年)を受賞しています。わたしはどれも未読で、デビュー作である本書が辻村作品の初読。さて次にどれを読むか、ちょっと楽しみになりました。