ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

さわやかな浴衣のような 〜「舟を編む」三浦しをん

 既に読んだ方には、あらためてその魅力を語るまでもない「舟を編む」(三浦しをん、光文社文庫)。読んだ後、久しく開くことのなかった国語辞典を本棚の隅から引っぱり出し、埃を払って「女」という言葉を繰ってみました。

 いや待てよ、この繰るという言葉使いは「ページを繰る」の省略形ですが、使用例として正しいのか?。そもそも若い世代に「辞書を繰る」なんて通じるのか。今度は繰るを辞典で繰って...。いやいや、そんな疑問はさておき...

 おんな【女】①人間の性別の一つで、子を産みうる身体の構造になっている方。男でない人。女子。女性。婦人。▽成年女子をさすことも多い。「ーーーになる」。また...(後略。岩波国語辞典第2版第6刷、1975年

 「舟を編む」を読んだ後だと、この無味乾燥な文面が妙に愛おしい。でも、この辞典の言葉の使用例については慎み深い遠慮があって、十分に意味を伝えきっていないのではないか、などと突っ込みを入れたくなったり。

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 未読の方に明かしておくと、タイトルの「舟を編む」は国語辞典の、地道で長い年月を要する編纂作業のことを言っています。作中からそのココロを抜粋すると

 「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」

 「海を渡るにふさわしい舟を編む」

 辞書編纂という地味な世界を舞台に、色とりどりのキャラクターがスキップのテンポで、おかしみ、切なさ、いいね! を繰り広げます。人間関係をつくる不器用さに悩んでいる人には(大半の人がそうかな)、勇気を与えてくれます。

 なにより読んでいて、三浦さんが紡ぐ言葉の(思考の)転がり方が心地いい。そして日本語、ことばというものが愛おしくなりました。ちなみに、私がなぜ読後に国語辞典で「女」の項目をめくったかは、作中に答えがあります。

 辞書編纂が「舟を編む」なら、小説は言葉で織物を織る行為かもしれません。「舟を編む」は見事に織り上げて、鮮やかで飽きの来ない絵柄に仕立てられた浴衣のような1冊です。2012年の本屋大賞受賞作であり、私がこの賞を意識したのは「舟を編む」からでした。