高校までで学ぶ歴史がつまらないのは、年代や出来事の丸暗記を求められるからです。教科書では太古から現代まで、人の生き様や社会のストーリーが語られることはありません。しかも奈良、平安、鎌倉、室町、戦国...などと時代ごとに章でぶつ切りにして、それぞれが異なる世界の出来事でもあるかのように提示されます。
日本史に限らず、現代国語なんかもそうで、教科書ほどユーザー目線(生徒が求めているもの)を欠いた本はないと思います。そもそも「教える」という上から目線に貫かれた本だから当然とも言えますが、それにしても「教え方」が下手すぎて、もしかしたら興味を持ったかもしれないユーザーをたくさん失っているはず。日本の教育に欠けているのは、優れた教科書ですね。
あっ、すいません。かつて落ちこぼれの反抗人間だったせいで、おかしな前置きが長くなりましたw。日本史の中でわたしの印象が一番薄いのは、鎌倉と室町時代の間にある南北朝期です。いかにして鎌倉幕府が滅び、どんな人物たちが戦い、生き延びて後醍醐天皇の親政が実現したか。そして時代にそぐわない政治というものがどれだけの人を苦しめ、死に追いやるか。「道誉と正成」(安部龍太郎、集英社文庫)は、そんな時代の群像を描いた小説です。
今も昔も変わらない政治争い、合戦による生と死。合間に差し挟まれるのは謡曲です。
~ かれがれの契りの末はあだ夢の 契りの末はあだ夢の おもかげばかり添い寝して
「かれがれ」は離ればなれ。遠くに行った夫の肌の温かさを思い出し、年若い妻は悲しく思い出と添い寝する...。作中、狂女の面をつけて猿楽の名手・音丸が舞います。気品に満ち、抑制のきいた所作で、女の切ない心情と体の疼きまで漂わせて。
今から700年近い昔。ネットもテレビもレストランもない時代。男と女は生きていく苦労が大きいほど、今よりよほど深くつながり合ったはずです。作中に出てきた謡曲「案の字」の一節。原典に当たろうと思いましたが、部屋にある岩波古典体系の「謡曲集」には収録されていませんでした。残念。この一節、作品の本流とは何の関係もないのですが....しかし。
タイトルの2人。道誉は、一流の武将であり教養人だった佐々木道誉。正成はいうまでもなく、この時代の悲劇の武将の一人・楠木正成。陰の主役は、後醍醐天皇の息子である大塔宮・護良親王です。大塔宮は父の復権と親政を実現した立役者の一人でありながら、やがて父に疎まれ、鎌倉に幽閉されて惨殺されます。
正義や理想が、どれほど現実の不条理によってズタズタになるかが描かれます。そんな時代だったからこそ、同時に優れた謡曲の舞に涙できる700年前の人物像に心惹かれました。ちなみに猿楽は、江戸時代以降は能と呼ばれます。
なお、小説なのでロマンあふれる史実無視が仕込まれています。大塔宮は死の直前、密かに....。なんだか、義経の東北伝説みたいですが。