ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

視線の向こうにあるもの 〜「松本潮里画集 迷想園」

 5月というのに、連日の30度超えにぐったりして帰宅。昨夏の猛暑からいよいよおかしくなり始めたと思える地球環境は、いったいどうなっていくのだろう。身の丈を超えた壮大な心配をしつつ、暑さも、寒さもない、不思議な世界のページをめくりました。

 「松本潮里画集 迷想園」(芸術新聞社、2018年)。画集をめくって思い出したのは唐突ですが、その昔に読んだレイ・ブラッドベリの短編でした。男がタイムマシンに乗って恐竜狩りに参加します。ところが歴史を変えないと分かっている恐竜以外は決して殺さないという決めごとを破り、誤って1羽の蝶を踏み殺してしまいます。現代に戻ったとき、世界は一見なにも変わらないようで、実は別の世界になっていた...。

 松本さんの描く世界は明らかにこちら側ではなく、別のところにあります。ちなみに蝶はよく作品に出てくるモチーフなので、そこから私の中でブラッドベリと繋がったのかも。

 

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 少女は、学生時代から変わらない松本さんのモチーフです。少女の視線はしばしばこちら、つまり絵を見る人に真っ直ぐ向けられていて、作品と見つめ合うかたちになります。

 おそらく、少女の目に映っている私(絵を見る人)は、私が知っている自分ではありません。私でありながら、私でないほかの何かです。そう思ったとき、自分はすでに向こうの世界に連れ去られているのですね。

 本の表紙の作品「夜のカナリア」は、正面から視線を外していますが、いったん向こうの世界に入ってしまうと、今度はその視線の先が気になります。同じ所に視線をやっても、彼女の眼に映っているのは私とは別物なのでしょう。視線の先を想像することで作品は童話的にも、怖い絵にもなります。

 個展を開けば、初日前の内覧で売り切ってしまうほどの人気。あちら側の世界に連れ去られてしまう人が、たくさんいる証ですね。

 画集という本は、表紙から構成、裏表紙まで作家本人や編集者のこだわりがぎっしり詰まっているようで、それも楽しいところです。小説家と違い、作家本人がアートの専門家なのだから当然といえばそうなのですが。

 「迷想園」というタイトルは、大学の修了制作で大学賞をとった作品からきています。巻末に収めてありますが、デビュー作にはその後のすべてがあるという文学の世界の言い回しが、しっくりくる大作です。私にとっても、松本さんの絵と最初に出会った懐かしい作品です。