ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

いのちに向き合う 〜「新章 神様のカルテ」夏川草介

 「新章 神様のカルテ」(夏川草介、小学館)は、地域病院で悪戦苦闘した若い医師・栗原一止(いちと)が、舞台を新たに患者と向き合い、巨大組織の権力構造の中でもがく「大学病院編」スタートとなる1冊です。こういう場合の決まり文句ですが、たとえ前作までを読んでいなくても、十分に楽しめる内容に仕上がっています。

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 人間というものに対して、優しい視線が貫かれた小説。29歳で膵臓がんになり、死へと急ぐ若い女性患者を縦糸に、栗原らの内科チームが刻々と深刻化する病態に立ち向かいます。現代医学では勝てないと分かっている病気と闘いながら、医師たちに、患者に、どんな救いが用意されているのでしょうか。

 人間社会のマイナスを凝縮したような、大学病院という組織が厳しい楔として背景にあり、一方で長野・安曇野の美しい自然があちこちにきめ細かく描写されます。この対比は、どんないのちも大きな自然の一部なんだよと、無言のうちに伝えているようでした。

 私は医療や病気を題材にした小説がけっこう好きです。山崎豊子さんの「白い巨塔」をはじめ、海堂尊さんなど調べてみれば多彩な作品があります。夏川さんのように医師で作家という人も何人かいます。

 外科系の作品は面白い、内科系はじっくり読ませる、という分類は乱暴過ぎるでしょうか。外科系の作品は医師としての権力争いや、華やかな手術の向こうにいのちがありますが、内科系はストレートに人のいのちを見つめる傾向があります。

 漱石読みという変わり種の主人公・栗原は、内科医です。いのちを見つめる内科医の視線は、草花や樹木という自然の移ろいに対しても繊細になるのかもしれません。

 ところで同じ信州の医師で小説家といえば、思い出すのが南木佳士さん。芥川賞受賞作の「ダイヤモンドダスト」「阿弥陀堂だより」など、いのちと自然を密接にからめた丹念な作品。そして南木さんも内科医です。