ことばを食する

本たちとの、出会い、すれ違い、言葉との恋愛。つれづれなるまま記していきます

うまく悲しむこともできない 〜「星々たち」桜木柴乃

 桜木柴乃という作家は、たくさんのことを書けそうで、いざ書こうとするとなかなか難しいですね。軽々しい言葉はたやすくはね返されるか、身をかわして受け流されてしまいそう。「星々たち」(実業之日本社文庫)もそんな一冊。

 文庫本裏表紙の紹介文を借りれば「千春の数奇な性と生、彼女と関わる人々が抱えた闇と光を、研ぎ澄まされた筆致で炙り出す」ということになります。売り文句として通り一遍ですが、作品の魅力が、短い文章で通り一遍以上のことをなかなか書かせてくれないのだと思います。

 通り一遍の説明を付け加えると、北海道を舞台にした母娘3代にわたる短編の連作集。時代の変遷という背景も、作品に遠近感を与えています。筆致はいい意味で容赦なく、あからさま。

  

f:id:ap14jt56:20190526204617j:plain

 

 この文章のタイトルに使った「うまく悲しむこともできない」は、冒頭の作品「ひとりワルツ」に出てくるフレーズです。一度寝た、もの静かな極道の死を、勤め先のスナックのカウンターに置かれた夕刊で知った女の心理描写。

 作品には何人も「うまく悲しめない」女たちが出てきます。こうした人物の彫り込みが桜木さんの魅力ですね。人物を彫り込んでいく切れ味というか。

 そして、うまく悲しめない人の悲しみと、うまく悲しめる人の悲しみは、いったいどちらが重いのだろうと、ふと考えてしまいます。

 登場人物に血が通っている、といういい方がありますが、桜木さんの小説は、まず北海道という風土の描写に血が通っています。寒さ冷たさ、湿気を含んだ空気の重さ、土地の景色。地方に住んで書く作家さんは少なくありませんが、桜木さんほど自らが住む土地に命を与えて描写する人はいないと思います。

 そして登場人物たちには、その風土を色濃く溶かし込んだ赤い血が流れています。いや、文章自体、切ったら血が滲んでくるかもしれない。

 

 「星々たち」が桜木さんの代表作かと問われると、実は考え込んでしまいます。2013年の直木賞受賞作「ホテルローヤル」をあげるのも躊躇します。

 1作1作の文章のテンポと肌触りに引っ張られて、気づいたら大半の作品を読んでいた感じなのです。

 「これだけは外せない」という作品が、まだ先に用意されていることを楽しみに、これからも新作を追いかけることになるのでしょう。