ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

ああ こんなよる 立ってゐるのね 〜「吉原幸子全詩」

 思いっ切り当たり前で、ナンセンスな言葉を連ねてみます。

 風、吹いている。木、立っている。ああ、こんな夜、立っているのね、木。

 風が吹いても、雨が降っても、夜であろうと昼であろうと、木は枯れるか雷が落ちない限り、立っていて当たり前です。「ああ、こんな夜」なんて嘆かれても、木が立っていることに何の支障もないし、むしろ突然倒れたりしたほうが問題です。

 でも、例えばあなたが仕事や恋愛で、極めて辛い状況にあるとします。肉体的にも精神的にも倒れそうで、もう立ち続けていることさえできないような。逆風が吹き荒れている中、部屋に一人だけ、いくら飲んでも頭の底が冷たく凍ったままで、世界中で自分がいちばん孤独な夜。

 風 吹いている

 木 立っている

 ああ こんなよる 立ってゐるのね 木

 たった3行に救われる人が、救われないまでも慰められる人が、ほんのわずかかもしれませんが、確かにいるのです。それが詩の力だと思います。

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 「吉原幸子全詩」(Ⅰ、Ⅱの2冊本、思潮社、1981年)から、「無題 ナンセンス」と題された詩の冒頭3行を抜き出しました。

 乱暴に言うと、戦後の詩の世界は「分かりやすい」と「意味不明〜」の2ジャンルに大別されます。そしてナンセンスな言葉を並べた本に高いお金(たいていかなり高額)を払おうという人は、この世の中まず99・98%いません。当然です。

 ただ、普段なら意味不明でしかない言葉の組み合わせに、こちらの感性が反応することがあります。詩句をどう解釈するかは、読み手の自由です。なにしろ元々、意味不明なのですから。

 「もっと詩を勉強して、本来の深い意味を汲み取れ」というのは、専門的な、あまりに狭い世界の言いぐさなので気にしません。だから冒頭で引用した3行の解釈も、私の体験に基づく勝手な発想です。

 さて、紹介しておきながら「吉原幸子全詩」は絶版で買えません。古本で探すか(私も古本屋で買いました)、引用した作品を含む吉原さんの主要作品を読むなら、思潮社の現代詩文庫に「吉原幸子詩集」があります。むかし、私は手軽で比較的安価な現代詩文庫のおかげで、じつに様々な言葉と遭遇することができました。