ことばを食する

本たちとの、出会い、すれ違い、言葉との恋愛。つれづれなるまま記していきます

二つの悲しみの違い 〜「水滸伝」北方謙三

 「小説すばる」1999年10月号で連載スタート。

 頭ひとつ、出ていた。

 という、短い1行が冒頭にあり、すぐ改行。「水滸伝」(北方謙三、集英社)の始まりでした。連載は2005年7月号まで続き、19巻、原稿用紙9500枚超の大作になりました。

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 味も素っ気もない1行ですが、「頭ひとつ出ているのは、どんなやつなのか」「見ているのはだれか」と、条件反射みたいに想像力を刺激されてしまうのが、ファン心理と言うものです。北方さんは歯切れのいいセンテンスを積み上げて、先を求める読者の期待を心地よく満たしていきます。

 私が「小説すばる」で連載1回目を立ち読みしたのは、異動で勤務することになった港町の、ショッピングセンター2階にある書店でした。あちこち照明は光っているのになぜか薄暗く、寂れた店の空気感がいまもよみがえります。以降、毎月購読したかというとそうではなく、単行本になるのを待ちわび、出れば一気読みしました。

 言うまでもなく「水滸伝」は108人の豪傑が活躍する中国の古典小説。たくさんの話の集まりである原典は、物語としての整合性や時制に矛盾がたくさんありますが、北方さんは根本から再構築し、ハードボイルドな男たちの世界を描ききりました。

 「北方水滸」の男たちは豪傑も、高官も、泥棒も、医師も、現代に生きる私たちが共感できる、人としての強さ、弱さにあふれています。

 「水滸伝」と、続編の「楊令伝」15巻、「岳飛伝」17巻を合わせた51巻が、北方「大水滸伝」です。岳飛伝の最終稿は2016年2月号。まさにライフワークですね。

 これだけの大作ですから、それがどこで出てきて、正確にはどんな文章だったか記憶が曖昧なのですが、こんなくだりがありました。

 人は悲しみをもって生まれ、悲しみを持って死ぬ。しかし、二つの悲しみはほんの少しだけ違う。その少しの違いが、人生のすべてなのだ。

 その、ほんの少しの違いを語ろうと、人間はどれだけの言葉を費やし、どれだけ論理の迷路を築き上げてきたことか。

 北方「大水滸伝」完結後、「小説すばる」では、続編であり、別の物語でもある「チンギス紀」が続いています。