ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

はるかな宇宙で衝撃の出会い 〜「ソラリス」スタニスワフ・レム

満天の夜空を見上げれば、だれしも感嘆します。星に見える輝きの多くは、実は無数の星が集まった星雲であり、光がようやく地球に届いた遠い過去の姿をわたしたちは今見ている。そして宇宙全体が膨張を続けていると聞かされれば、なんとも不思議な気持ちに襲…

大切にされ続けた本には心が宿る 〜「本を守ろうとする猫の話」夏川草介

町の片隅にある一軒の小さな古書店「夏木書店」。 床から天井に届く書架を、世界の名作文学や哲学書がぎっしり埋めています。売れ筋の人気本や雑誌などは一切置かずに、「これで経営が成り立つのか」という店です。細々と店を営んできた祖父が急死しました。…

美味しさについて書かれた 美味しい1冊 〜「美味礼讃」海老沢泰久

もし、「美味しいこと」に関する1番のお勧め本を問われたら、ずいぶん迷います。味の好みが年齢と共に変わるのは確かで、最近は和食や、質素な精進料理の淡白に奥深さを感じます。 一方で、1皿のために時間と素材を贅沢に使うフランス料理に感服する心も未だ…

「吉田調書」をめぐって 〜「朝日新聞政治部」鮫島浩

本についてブログを書くとき、肯定的な心の発露による文章だけを書きたいと思っています。要は、心が動かなかった本、否定的な思いを抱いたものは取り上げない。作者が精魂傾けた仕事に、ちっぽけな個人の主観で異を唱えたくないからです。 「朝日新聞政治部…

くーの文章講座? いや酔ったついでの戯言

このブログをよく訪ねてもらうともこ (id:jlk415)さんから前回、こんなコメントを頂きました。 「美しい」「感動した」などの言葉を使わずにどう表したらいいものか、考えがなかなか浮かばない。 その思い、よく分かります。わたしがいつも気にかけているこ…

一語多義の豊かさについて愚考する 〜「源氏物語」瀬戸内寂聴訳その9(番外編)

書庫であり、書斎であり、アトリエでもあり、見方を変えれば整理不可能なあきれた物置、そして夜毎独り呑みの空間である6畳の部屋。そこにある机上、および手が届く範囲には常時4、50冊の本が積まれているか並んでいます。未読のいわゆる<積読本>がある一…

質素な中の 限りない豊かさ 〜「土を喰う日々」水上勉

よく行く書店に映画やテレビドラマの原作になった、あるいは近々公開予定の映画の原作を集めたコーナーがあります。眺めて「なるほど」とか「へえー、これを映像化?」とか。もちろん「どんな小説なんだろう」と、想像が広がる未読作が圧倒的に多いのも楽し…

大災害と小さな新聞社の苦闘 〜「6枚の壁新聞」石巻日日新聞社編

宮城県北東部の石巻市は、太平洋に面した人口13万6千人の市です。沿岸部は漁業や養殖、水産加工業が盛んで、北部にかけてリアス式海岸の複雑な地形が続いています。 その石巻市で1912年(大正元年)に創刊され、石巻と東松島市、女川町をエリアに読まれてい…

美味しいと、言う必要のないご飯が美味しい 〜「おいしいごはんが食べられますように」高瀬隼子

近年、芥川賞受賞作と聞くと無意識のうちに身構える部分があります。というのも、普通の生活感覚からズレた(いい意味で)斬新な作風が多いから。文学に限らず、芸術は過去にない新しい領域を世界に付け加えようと作者が格闘するものですから、純文学を標榜…

最先端の図書館と昭和の町の図書館

巨大図書館で思い浮かぶのは日本なら国立国会図書館ですが、個人的にはもう1館、紀元前に創立されたエジプトのアレクサンドリア図書館です。ギリシャ、ローマ時代の学術のシンボルとも言える古代施設でした。 なぜそんな図書館が思い浮かぶのかは、たぶん...…

絵を描いて、歯痒く、面白く

絵を描く面白さって何だろう。 よく自問してみるのですが、これがなかなか難しい。そもそも表現行為の「面白さ」とはどんな要素で構成されているのかー、なんて考えること自体が興醒めで愚かなことなんだけど。 ところが分かっていながら、また考えてしまう…

テロルが残したもの

「新盆を迎えた人」とは、この1年間に亡くなり、初めてあの世からわが家に戻る人のことです。それぞれの家が送り火で、ご先祖さまたちを再びあの世に送ればお盆が明けます。 まさか今年、新盆を迎える人の中に加わると想像もしていなかったのが安倍晋三元首…

苦しみは天から降る光のせい 〜「くるまの娘」宇佐見りん

話題作「推し、燃ゆ」で芥川賞を取った宇佐見りんさん。受賞後の第一作が「くるまの娘」(河出書房新社)です。 書店に平積みされ、帯にある出版社の<推し>がすごい。まず「慟哭必至の最高傑作」と目に飛び込んでくる。山田詠美さん、中村文則さんの推薦文…

「粋」と「いなせ」 〜「天切り松 闇語り」浅田次郎

歳はとりたくねえもんだの、くーさん。昔なら三日とかからなかったろうに、最近はのんびりかい。まあ、若え時分と同じにやれってほうが無理な話だがの。 ...と、「天切り松 闇語り」(浅田次郎、集英社)を読み終え、わたしは登場人物の東京弁(いうまでもな…

想像力を超えた究極の創造力 〜「なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論」野村泰紀

悠久とか壮大とか、そんな形容がちっぽけで使えなくなるのが最先端の宇宙論です。「なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論」(野村泰紀、講談社ブルーバックス)は、理系科目を高校入学と同時にあきらめたわたしにさえ、ぞくぞくするような興奮を与え…

今日あった3つのいいこと

今週のお題「最近あった3つのいいこと」 最近あった3つのいいこと 玄関の郵便受けに、町内のラジオ体操の案内が入っていました。 わたしが暮らす近隣は、夏休みになると近くの公園で朝のラジオ体操が始まります。近年は子供だけでなく大人、とりわけ高齢者の…

浅田次郎 〜作家つれづれ・その6

10年ほど前、浅田次郎さん、中村文則さんと食事をご一緒したことがあります。わたしが勤務していた会社と某企業が組み、作家の講演会を開きました。講師として話していただいたのがこの2人でした。 講演会は盛況に終わり、関係者数人で夜の宴席を設けたので…

まだ蝉の鳴かない夏

早い梅雨明けと猛暑。昨日から台風の雨で一服しましたが、追いつけないのが蝉です。 雨は夜半にあがって曇り。午後、陽が差し、風は心地良い。台風で猛暑はひと休み。渇水が心配された地域には、恵みの雨になりそうでよかった。 今年は6月から35度を超え、真…

貧しさと人の本性 浅田作品の魅力を考える 〜「流人道中記」浅田次郎

浅田次郎さんの「天切り松 闇語り」シリーズ(5巻、集英社)を読みたいとネットで物色するうち、買ったのがなんと「流人道中記」(上下、中央公論社)になってしまいました。 「天切り松」はヤフオクで全巻揃いを見つけたのですが、オークションの締切が6日…

最後のコラム

梅の読みは「うめ」または「ばい」だ。雨を付けて「つゆ」と、例外的な読ませ方をするのが梅雨である。手元の歳時記によれば、梅の実が黄熟するころだからその字を当てるという。 昭和40年代まで母が梅干しを作った。風通しのいい納屋の土間に、陰干しされた…

事実と真実 そして哀しみに至る 〜「朱色の化身」塩田武士

昭和31年4月23日、フェーン現象で乾燥した強風が吹き荒れる朝、福井県の国鉄芦原駅前の商店から出た火は、福井を代表する温泉街・芦原温泉を焼き尽くしました。「朱色の化身」(塩田武士=たけし=、講談社)は、炎に追われ焼け出された人びとの群像を活写し…

永井荷風の「断腸亭日乗」と、今日

昨日から、わたしが住む地も梅雨入りしました。 今朝は午前6時起床。なぜか、あまり思い出したくないかつての上司が出てくる夢を見て目が覚め、眠れなくなりました。こんな早起きは久しぶり。 曇り、ときどき細かい雨あり。 昼まで絵を描き、午後は買い物。…

10年後に見えたもの 〜「福島第一原発事故の真実」NHKメルトダウン取材班

もし巨大な旅客機を操縦中に、全電源が失われ、あらゆる計器類が止まり、操縦桿も含めた全てが機能を失ったらどうなるでしょうか。東日本大震災の福島第一原発は、突然そうした状態に陥ったのです。 しかも原発の場合、最悪のシナリオは単なる墜落では済みま…

短信

くーの墓が、完成しました。 花壇の底に散骨し、土で埋葬。園芸店で買った花苗を植えました。 夏には、満開に広がるでしょう。もう、来年はどんな花を植えようかと、そんなことまで考えています。 なんだか少し、気持ちの整理がついて、新しい時に入っていけ…

墓を積む

先週から、筋肉痛に苦しみながら没頭していたのはレンガ積みでした。 一昨年11月に逝ったオスのラブラドール・くーの墓を積もうと思い立ったのです。単なる墓標ではつまらないので、花壇を作って墓にし、土の中にくーの骨壷を埋葬しようと考えました。 15歳…

謎解きがたどり着く静かな光 〜「ノースライト」横山秀夫

解けそうもないさまざまな謎の断片が、終盤になって一気に像を結び、幾つもの魂のうめきが聴こえてきます。別れた夫婦、父と子、友。作中で語られる人間関係はどれも軋みを発し、現在と過去の3人の死がストーリーを動かします。 だからと言って「ノースライ…

ブログ開設3年の節目に

ふと気づけば5月23日、このブログを始めてちょうど3周年の日になりました。 組織の肩書きから離れて3年、ブログを通じて思いもしなかった方々に出会え、コメントまでいただくことを幸せに思います。みなさん、ありがとうございます。 今年も庭のサクランボが…

国を持てなかった大地と人びと 〜「物語 ウクライナの歴史」黒川祐次

ロシアによるウクライナ軍事侵攻が起きなければ、手にすることはなかったであろう1冊が「物語 ウクライナの歴史」(黒川祐次、中公新書)です。とてもいい勉強になりました。読みながらつい、このころ日本はどんな時代だったかと、いちいち並置してしまうの…

「はあ」..「やれやれ」とその後 〜村上春樹&映画「ドライブ・マイ・カー」

少し前のことになりますが、アカデミー賞を獲得して話題になった映画「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督、西島秀俊主演)を観に行ったのは、4月下旬の大型連休前の平日でした。話題の映画だったにもかかわらず空席が目立ったのは新型コロナのせいか、2…

春のぶらぶら、「螢川」散歩

今日は朝からウオーキングシューズを履き、車で4週間に1度通っている循環器内科へ。過労で発症した不整脈の持病があって、ここ10年近く薬が欠かせません。たぶん死ぬまで。 診療後、街中の有料駐車場に車を入れ、川べりの散歩に出かけました。 私が通う医院…