ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

貧しさと人の本性 浅田作品の魅力を考える 〜「流人道中記」浅田次郎

 浅田次郎さんの「天切り松 闇語り」シリーズ(5巻、集英社)を読みたいとネットで物色するうち、買ったのがなんと「流人道中記」(上下、中央公論社)になってしまいました。

 「天切り松」はヤフオクで全巻揃いを見つけたのですが、オークションの締切が6日後。落札しても届くまで1週間以上かかります。他を調べるうち、PayPayフリマで売りに出ていたのが「流人道中記」でした。スピン(栞ひも)も織り込まれたままの未読本上下で、クーポンを使えば送料込みで700円ほど。オークションではないから即入手できます。

 「流人道中記」が新刊として書店に平積みされた2年前、わたしは何度も手に取って買おうかと迷った挙句、違う本を選んで見送ったことを思い出しました。単行本は1冊1,700円(税別)×2。いま新刊本を5、6冊買えば1万円札が消えるのだから、総じて本の価格は高すぎると感じます。

 PayPayフリマで見つけたのも何かの縁かと思い、<ポチッ>。 

 幕末の江戸。家柄といい3千石を超える知行といい、旗本でもトップ中のトップである武士・青山玄蕃が、姦通の罪で同僚の旗本から訴えられました。こうなると本来は「死罪を免じて切腹」なのですが、なんと本人は「痛いからやだ!」

 幕府の威厳にも関わる案件だけに、あまり表沙汰にしたくない評定所は困り果て、苦肉の策でひねり出したがのは蝦夷地・松前藩への流刑です。「流人道中記」は江戸から津軽まで、下っ端役人の若者が青山玄蕃を護送する片道1カ月の旅の物語です。

 浅田作品のキーワードの一つに「貧しさ」があります。食うや食わずの生活。そんな境遇に生まれた人間は、どんなふうに成長し、生きていくしかないのか。あるいは格式にがんじがらめにされた、武士の生き方の「貧しさ」。

 2人は旅の途中で盗賊、飯盛女、敵討ちの武士や飢饉に苦しむ農民など、さまざまな人や事件に遭遇します。旅の出会いには、何をどう頑張っても貧しさから逃れられない、社会の不条理が横たわっています。

 そして悲惨で報われることがなくても、人の本性はついには「善」であるという価値観で、全ての物語(ときには悲劇)が組み立てられます。 

 物語構造としては極めてシンプルで古典的。簡単に言えば勧善懲悪の一種なのですが、この場合の「悪」は悪者ではなく個の集まりが生む社会悪。たとえ社会悪に抗って善が滅んでも、心の「善」を信じ続けるドラマを作り、現代の目の肥えた読者を飽きさせない小説に仕上げます。その技、見事。

 小説の中に東北弁が出てきて、思い出した浅田作品は「壬生義士伝」でした。貧しさから脱藩して新撰組に加わった一人の足軽を描いたこの小説も、物語としての基本は同じだと思います。しかし

 おいおい、そんなつならねえ御託を並べるより読んで楽しめばいいんだよう

 ...と、登場人物たちに叱られるに違いないのですが。

 「流人道中記」は読み進むほどに、切腹は「痛いからやだ!」と言った青山玄蕃の、人の器の大きさと潔さが見えてきます。青山を護送し、旅を共にする若者の成長が、実は物語の縦軸です。

 久しぶりに一気読みしてしまいました。

 ところで「天切り松 闇語り」シリーズは、オークション締め切りまであと2日かあ。