ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

苦しみは天から降る光のせい 〜「くるまの娘」宇佐見りん

 話題作「推し、燃ゆ」で芥川賞を取った宇佐見りんさん。受賞後の第一作が「くるまの娘」(河出書房新社)です。

 書店に平積みされ、帯にある出版社の<推し>がすごい。まず「慟哭必至の最高傑作」と目に飛び込んでくる。山田詠美さん、中村文則さんの推薦文も「熱をおびた言葉の重なりから人間の悲哀がにじみ出る」などベタ褒めです。

 この手の推薦文は狭い業界内のムラ社会の、しかも好意的な同業者による評価ですから、一般読者はあまり真に受けない方がいいかな。当然のことながら、大切なのは書き手側ではなく、受け手側(読者)の評価です。

 こう書き出すと、「くるまの娘」を否定的にとらえていると思われそうですが、その意図はありません。宇佐美さんの個性がくっきり立ち上がった、いい作品だと思います。「推し、燃ゆ」がピッチャー返しのクリーンヒットだったとすれば、「くるまの娘」は方向を変えてレフト前に抜いていったシングルヒットです。

 ただし「慟哭必至」というキャッチコピーは、少々盛りすぎ。そもそも、早くも「最高傑作」にしてしまっては、宇佐美さんの将来に対して失礼でしょう。

 小説の中身に関しては、これまた帯に実に的確に紹介してあるので引用します。

 「車で祖母の葬儀に向かう、17歳のかんこたち一家。思い出の景色や、車中泊の密なる空気が、家族のままならなさの根源にあるものを引きずり出していく」

 視点は女子高生、かんこ。彼女の視点で父、母、家を出た兄や弟が形作る<家族>の姿が描かれます。虐待とも取れる暴力、登校拒否、病気などが入り交じり、やや常軌を逸した感のある家庭。しかし「平和な家庭像」とは社会が作り上げたイメージで、現実のどんな家庭も大なり小なり問題を抱えているはずです。

 かんこは既に、父も母も壊れそうになりながら必死に生きる弱い人間であることを見抜いていて、作品の核は彼女の心に映る世界そのもの、あるいは世界が哀しく心に映し出されていく過程そのもの、です。

 苦しみは天から降る光のせいだった。

 冒頭付近に引用した「熱をおびた言葉の重なり」は、山田詠美さんの評。

 この種の作品はストーリーに大きな意味はありません。宇佐見さんの文章を読みながら、言葉の連なりに熱、あるいは心の共振を感じ取れるかどうかが、読者にとって評価の分かれ目になると思います。

 「推し、燃ゆ」を読んで面白かった人にはお勧めします。ピンとこなかった方にはお勧めしません。宇佐美さんの作品を未読なら、試しに手に取るのも悪くないかも。

 さて、近年芥川賞を受賞した女性作家たち。それぞれに個性が立って、ちょっと変わった(異常な)世界を描く人が多い。今後は自分の世界を広げて新たな作風を獲得するのか、それとも縦に深めていくのか、一抹の不安を覚えつつ期待しています。

              

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