ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

テロルが残したもの

 「新盆を迎えた人」とは、この1年間に亡くなり、初めてあの世からわが家に戻る人のことです。それぞれの家が送り火で、ご先祖さまたちを再びあの世に送ればお盆が明けます。

 まさか今年、新盆を迎える人の中に加わると想像もしていなかったのが安倍晋三元首相でした。7月8日午前11時30分過ぎ、後方で轟いた爆発音(銃声)に驚き、振り向いたところに浴びた2発目の散弾で、安倍元首相はいのちを奪われました。

 現場から刻々流れる中継映像に見入り、レポートを咀嚼し、元首相の容態を気にしながら、わたしに浮かんだ疑問は「なぜこうも易々と狙撃を許したのか」でした。容疑者は身を隠しもせず背後から歩いて接近し、1発目が外れたと見てさらに近づき、3秒後に2発目。

 自民党の大派閥を率いて今も政治に力を振るう元首相に、厳重な周辺警護が付くのは当然で、本来は起きるはずのない暗殺事件、光景でした。

 容疑者が確保され、やがて動機の一端が伝わると、またわたしは意表を突かれました。「母が...」宗教にのめり込んで恨みがあったーとは。当初の情報がごく限られている段階では、容疑者の恨みと元首相がすんなり結び付きませんでした。

 安倍元首相は支持と不支持、毀誉褒貶がはっきり分かれる政治家でした。狙撃手は正常な心理状態でないにせよ、わたしは反射的に政治的な背景を想像していたのです。

 政治家の評価は後世の歴史が下す。なるほどその通りだと思う一方、有権者の評価に刻々と晒され続けるのも政治家です。突然の死は、安倍晋三という政治家がなし得たこと、なし得なかったことを、どう評価して未来の社会に繋ぐかという大きな課題を残しました。

 

 7月8日以降、政治と宗教の問題など事件はさまざまな広がりを見せて波紋は今も収まっていません。わたしの中にも<どんよりとした固まり>が残り続けていて、その中身をあえて言葉で整理したのがここまでの文章です。どうにも、あの事件は消化できません。

 さて、わたしは週刊誌や月刊誌をほとんど買いません。読みたい記事がある場合は(滅多にないけれど)、ネットで記事を単品購入します。例外があるとすれば「文藝春秋」で、芥川賞受賞作が全文掲載される月は買うことがあります。

 今月号を買ったのは、高瀬隼子さんの芥川賞受賞作「おいしいごはんが食べられますように」が読めるから。そして、緊急特集「テロルの総決算」が組まれていることが大きかった。

 緊急特集の冒頭レポート「安倍元首相と統一教会」(森健+文藝春秋取材班)は、韓国発の新興宗教がいかに日本で広がり、政治とどんな接点を持ってきたかを戦後史の中でたどりながら、母親が信者になった山上家の悲劇も明らかにして読み応えがありました。

 さらに「SPはなぜ山上を撃たなかったか」(麻生幾)など、元首相暗殺事件の深層へ、多角的なアプローチを試みています。

 芥川賞受賞作については、後日また書きたいと思います。