絵を描く面白さって何だろう。
よく自問してみるのですが、これがなかなか難しい。そもそも表現行為の「面白さ」とはどんな要素で構成されているのかー、なんて考えること自体が興醒めで愚かなことなんだけど。
ところが分かっていながら、また考えてしまう。本当の面白さは、それを味わうための努力、しんどさ、大変さがセットになっています。面白さについて考えてしまう理由は、その苦労はしなくても生活するには全く困らないのに、苦労をしている自分が不思議だからでしょう。わたしの場合。
9月に、通っている絵画教室の作品展があります。絵に関して、わたしは超ノロマなので作品が準備できません。
昨年末から取り掛かっている10号の油彩は、8カ月を過ぎて半分も仕上がっていない。苦肉の策で思いついたのが、ちょっと昔に描いた素描を出してごまかすことw。
素描(デッサン)はスポーツでいえば基礎体力作りの腹筋運動みたいなもの。2年前の腹筋運動、ではなくて素描を引っ張り出してきて、さすがにそのままでは後ろめたいので、お盆から少し加筆しています。
「伝言」 鉛筆(4B〜4H)
すぐに目が霞み始める高齢者には、けっこうしんどいのです...これが。でも描き込むほどリアルに立ち現れてくる絵の空間が面白くて、やめられなくなる。
わたしは絵を描くとき、人生経験や薄汚れた知識と感性に汚染された自分をひたすら消し去りたいと願っています。ただただ対象を絵に写しとる無色の(最近仕事がないので無職でもありますw)通過点でありたい。
でもねえ..
結果としてキャンバスや紙の上に表れた絵を眺めると、そこに<自分>が見えてしまうのです。
この自分を消しきれないもどかしさと歯痒さが、絵を描く面白さなのかと最近思い始めました。