ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

美味しさについて書かれた 美味しい1冊 〜「美味礼讃」海老沢泰久

 もし、「美味しいこと」に関する1番のお勧め本を問われたら、ずいぶん迷います。味の好みが年齢と共に変わるのは確かで、最近は和食や、質素な精進料理の淡白に奥深さを感じます。

 一方で、1皿のために時間と素材を贅沢に使うフランス料理に感服する心も未だ残っています。「美味礼讃」(海老沢泰久、文春文庫)はそんな料理と味の奥深さについて語った小説として、わたしの中では1、2位を争います。

 手元にある黄ばんだ文庫本の奥付を見ると、1994年5月10日第1刷。最初に読んだのは30年近く昔のことなのか。

 小説のモデルは、昭和35年に大阪で調理師学校を開いた辻静雄。当時、超一流ホテルのレストランであっても、出されるフレンチのコースは日本風にアレンジした手軽な、しかし勿体ぶった「西洋風料理」でした。(シェフは、それが本物のフレンチだと思い込んでいた)

 フランス語の料理本の古典を学んだ辻は愕然とします。これは彼が戦後の日本にフレンチを根付かせるまでの苦闘と、辻自身の成長の物語です。

 面白さについては、<読書メーター>に投稿された感想をここで拝借しましょう。(ん、これは邪道か?)

 

 うぃるこうへい

 以前とある知人がもの凄い熱量で褒め称えていて、「へぇ。そんなに。でもまぁ自分、料理とか興味ないしな」と軽く流していたが、その熱量がどこか気にかかり、ついに手に取った。 結果。めっっっっっっっちゃくちゃ面白かった!!! あの知人の熱量にも納得。 しかし、なぜそこまで面白いのかがなかなか言語化出来ない。

 

 うん、その通り!。面白ければ面白いほど、それを言語化するのは難しい。

 惜しいのは著者・海老沢泰久さんが、作家として脂が乗ってきた2009年に他界してしまったこと。文体は当時の文壇の一部で「翻訳調」と言われ、半ば軽く見る向きもありましたが、翻訳調とはどこをとっても主語がはっきりした読みやすい文章だということ。独特のテンポがあって、わたしは好きです。

 久しぶりに再読してみると、やはり時間を忘れます。あ、もう秋の夕暮れか。

 

 さて以下は蛇足。

 若いころから、ときどき料理することがわたしのストレス解消法です。エレベーターもない古い賃貸マンションの4階に住んでいたころ、得意料理の一つにヒラメのムニエルがありました。

 いやヒラメなんて高級魚は滅多に使わず、たいていは白身魚、あるいは生鮭で、単に塩と胡椒ふって小麦粉でくるみ、バター焼きにするだけです。でも、フライパンに北海道バターを溶かして焼くとすぐ焦げます。魚ではなくバターが。味に苦味が入って面白くありません。さてどうするか。

 小さな茶碗にバターを入れ、レンジでチンすると、溶けたバターは、透明な上澄みと黄色い沈澱に層が分かれます。その上澄みだけを使って焼けば、バターは焦げることなく風味が生き、魚は表面カリッと、十分な熱を通せます。好みでレモンなど、ちょっとかけて。

 ムニエルは上澄みバターで焼くという知恵、海老沢泰久作「美味礼讃」から拝借しました^^。

 

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