ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

2023-01-01から1年間の記事一覧

小さな美術館とわたしの絵

先週末から、6速マニュアルのわが脚..ではなく車を駆って、長野県の安曇野を巡ってきました。個人的な用件があっての1泊2日でしたが、2日目はフリーだったので、久しぶりにツーリングを楽しみました。 長野はもちろん、日本各地で35度を超える猛暑の中。目指…

武士たちの「倍返し」経済小説? 〜「大名倒産」浅田次郎

積りに積もったわが家の借金が、2500万円になったらどうしよう。利子の支払いだけで毎年300万円。これに対して、どんなに頑張っても収入は年100万円前後。うわあ〜です。いや、もう叫ぶ気力も残されていないか。 もし企業なら、とうの昔に倒産しているはず。…

人は虚しく、哀しい 〜「グレート・ギャツビー」フィツジェラルド

喧騒と過剰。 アメリカ文学を代表する作家の一人、F・スコット・フィツジェラルドの「グレート・ギャツビー」(野崎孝訳、新潮文庫)の印象を簡素に表すと、わたしは冒頭の言葉が浮かびます。第一次世界大戦が終わり、アメリカが経済的な繁栄を謳歌する1920…

月下孤灼 〜わたしと酒の話

朧げな記憶をたどれば、それは地元の神社の秋祭りの日。宴席でした。親戚一同が集まって酒を酌み交わしている。父も母も、伯父や叔母たちも若くて働き盛りでした。昭和30年代が終わろうとするころ、高度経済成長期にある日本の片田舎のとある家、座敷に華や…

雨の7月1日 

1年の半分が終わり、折り返した7月最初の今日は朝から雨でした。気持ちよく晴れた日が好ましいのは当然だけれど、この時期の雨は緑を濃くしてくれる。庭の木々や芝が、夏に向けて勢いを増すのが目に見えます。 雑草も一緒に元気になるのは困ったものですが、…

もがいたって、出口はない 〜「椅子」ウジェーヌ・イヨネスコ

わたしは本を処分するのが極めて苦手です。何年かに一度、意を決して2、300冊程度は廃品回収に出すのですが、生まれる空き空間は微々たるもので、たちまち新たな本で溢れてしまいます。 狭い部屋でまともな身動きもままならず、気を許せば積み上げた本がいつ…

言葉は時代を映す 〜「消えたことば辞典」(三省堂)

国語辞典の編纂、編集とはどんな仕事で、いかなる人たちが携っているのか。もし職業別人口分布の詳細統計があったなら(あるかもしれませんが調べていませんw)、国語辞典編集者は0%=誤差の範囲内=になってしまいそうな、マイナーな存在。そんな稀少生物の…

千年をタイムスリップした 〜「紫式部日記」の1シーンから

2008(平成20)年、アメリカに端を発した金融危機・リーマンショックの荒波が世界に広がり、日本も不景気に喘いでいました。11月1日(土曜日)は全国的に曇り空で肌寒く、北日本の一部では雷雨。季節は冬に向かっていました。 ネットのスケジュール管理を調…

時空を散策する楽しさ、退屈さ 〜「全集 日本の歴史」16巻+別巻1

日本の通史を学び直したい...という気持ちが以前からあって、しかし、なかなか手をつける勇気が出ませんでした。 いつだったか百田尚樹さんの「日本国紀」(幻冬舎文庫、上下巻)をこのブログで紹介しました。これは一人の小説家の視点による通史です。主観…

日日是好日を目指して

久しぶりの雨。ぱらぱらと、止むことなく雨音が耳に入ってきます。緑が一気に鮮やかさを増し、紫陽花の季節がやってきました。 また季節はめぐりきて うすむらさきのほほえみはよみがえる ...と始まる、失恋の詩(金井直「あじさい」)があります。高校生の…

三島由紀夫ではなくバラ 〜しかも売れ残り処分品の

バラ、薔薇。華やかな花の代表格でしょうか。結婚式場だけでなく、小説、詩などさまざまな文学作品にも登場します。 「薔薇刑」という三島由紀夫の裸体を被写体にした、細江英公の写真集もありました。鍛え抜かれた男の筋肉。カメラを睨む三島の眼。 三島の…

ぼくらは冷酷に生き抜く 〜「悪童日記」アゴタ・クリストフ

読み始めるとまず、感情を排した簡潔な記述に引き込まれます。フランス語からの翻訳で読むわけですが、原文が持つ雰囲気と存在感が(おそらく)ストレートに伝わります。目の前の現実を映し出すことに徹し、感情の揺らぎによる曖昧さや、形容詞で飾ることを…

自分探しのベースキャンプ 〜「『日本』とは何か 日本の歴史00」網野善彦 講談社

自分を探す18歳 みんなが自分を探す81歳 以前、SNSで見つけて思わす破顔した標語(?)です。80を過ぎてしっかりした高齢者はたくさんいらっしゃいますから、けしからん!と言えばその通りなのですが、18歳より81歳によほど近い自分としては、もう少し長生き…

娑婆に戻る

ふう...娑婆に戻れる。 娑婆(しゃば)と書いて、もしかすると若い人は首を傾げるのでは...。ふと不安になりました。もともとは「この世」を指す仏教用語ですが、昔のやくざ映画では刑務所から出所したときの、お決まりの台詞によく使われていました。 娑婆…

色とりどりの宝石たち 〜「巻頭随筆 百年の百選」文藝春秋編

命まで賭けた女(おなご)てこれかいな 無名の人の、知られざる1句。川柳の句集「有夫恋」が異例の大ベストセラーになった時実新子さんが、平成6(1994)年4月号の月刊誌「文藝春秋」に書いたエッセイで、取り上げている1句です。わたしは思わず笑ってしまい…

芝と語り合う

昨日は午後から、庭の芝生に目土(めつち)を入れて日が暮れました。目土というのは、夏にかけて芝生が葉を広げる前に、砂をまく作業です。「芽土」ともいい、前年伸びた茎が新たな砂に浅く埋まることで発芽が促され、毎年若くて密な状態を維持することがで…

チャットGPT 話しかけてHALを思い出した

チャットGPT。最近、やたらニュースで取り上げられるAI(人工知能)の会話機能で、アメリカの「OpenAI」という会社が開発して無償提供しています。論文やレポート、読書感想文など、チャットGPTに「書いて!」と頼めば即座に応えてくれるので、大学などでも…

1年後に花を買う その時きみは 〜「平場の月」朝倉かすみ

50歳。半世紀も生きてきたのだから、波乱や悲しみ、喜びの経験はいくつも胸にしまってある。だれだってそうだろう。もう、冒険を試みるような年齢ではない。日々の小さな感情の起伏をつなげて年月が過ぎ、やがてそう遠くないいつか、老いた自分を静かに見つ…

旅路の途中から

昨年11月、落葉が終わるころから長い原稿の仕事が始まり、気づけば桜の開花宣言が聞こえ始めています。 本腰を入れて原稿に向かうと、24時間が仕事を中心に回り始めます。実際に文章を書いている時間は、1日8時間であったり、2時間であったり、全く書かない…

たまめし 〜食の記憶・file2

たまめし。 ちょっと上品ぶれば「卵かけご飯」。小皿にたまご割って、醤油入れて箸でかき回し、熱々のご飯にかけて、またかき回すあれです。 小学校2年だったか3年だったか、朝起きるとお腹が痛くて学校に行けず、母に近所の開業医に連れて行かれました。 顔…

あすはこれが食べたい!

昨年11月に長丁場覚悟の仕事を引き受けて、若いころのような馬力はないから、自分を追い込みすぎないようにやってきました。幸い、頭を掻きむしったり、ため息ついたりしながらも仕事を積み上げ、ようやく半ば近くまで辿りつきました。 自分を追い込み「すぎ…

光を描くか陰を描くか 歴史の表裏 〜「我は景祐」熊谷達也

幕末から明治維新までを舞台にした小説はたくさんあって、「幕末・維新物」と呼ぶカテゴリーを設けたいほどです。 その時代の人気ヒーローと言えば坂本龍馬か、西郷隆盛か。吉田松陰のような学者もいます。一方で幕府側には勝海舟、幕府海軍を率いて函館に籠…

カツ卵とじ定食 〜食の記憶・file1

1976年4月、わたしは早稲田大学教育学部英語英文学科に入学し、東京都大田区南馬込1丁目にある、老人夫婦宅の離れ6畳1Kに暮らし始めました。2023年の今から、遡ること47年前のことです。 下宿代は月15,000円。プラス電気、ガス代。仕送りは6万円なので、差し…

家も愛も捨てて滅びへ 〜「幕末遊撃隊」池波正太郎

幕末という激動期。自らの信念を貫こうと時代のうねりに逆えば、人間一人など跡形もなく滅びて消えてしまう。そうして歴史の闇に消え去った人は、少なくなかったはずです。 「幕末遊撃隊」(池波正太郎、新潮文庫)は、若い剣士の生き様と死までを、一条の閃…

里山に生きた人びと 〜「二人の炭焼、二人の紙漉」米丘寅吉

図書館の奥に眠っていたこの本を、これから読む人はそう多くないでしょう。何人か、せいぜい何十人かもしれません。既に絶版で、ネット検索するも古本はなかなかヒットせず。地元の図書館検索で探し、貸し出し可の1冊を見つけました。 「二人の炭焼、二人の…

実はよく分からない、事実と虚構

長い原稿を書き始めると、いつ戻れるか分からない旅をしている気持ちになります。こう表すと少々気取っているようですが、実態は、旅程は描けても、すぐに資金が尽きて途中で呻吟する貧乏旅です。 資金が尽きたなら、稼ぐしかない。具体的には追加取材を繰り…

正月に、飲んで包丁を研ぐ

面白い小説は、例外なく脇役が魅力的です。悪者であれ善人であれ、主役を生かすのは脇役ですから、彼らがくっきり描かれているほど、その対比で主役が際立ちます。 題名を忘れてしまったのですが、北方謙三さんの時代小説にちょい役で出てくる研師がいます。…