ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

たまめし 〜食の記憶・file2

 たまめし。

 ちょっと上品ぶれば「卵かけご飯」。小皿にたまご割って、醤油入れて箸でかき回し、熱々のご飯にかけて、またかき回すあれです。

 小学校2年だったか3年だったか、朝起きるとお腹が痛くて学校に行けず、母に近所の開業医に連れて行かれました。

 顔馴染みのお医者さん、わたしのお腹に聴診器を当て、指で押し、母にたずねました。昨日の晩御飯は何を食べました?。

 母は正直に庶民の食卓のメニューを披露し...あれとそれと、この子はまだ何か食べたいと言ってアレも食べました。最後のアレとは、たまめしです。

 「ああ、卵かけご飯はねえ、するする入るからよく噛まないんですよ。それで子どもは特に、食べ過ぎて消化不良になって腹痛を起こしやすい」

 診断が正しかったのかどうか、未だに分かりませんが、そんな辛い経験をしてもなお、わたしはたまめしが好きであり続けました。

 平飼いたまごがいいとか、黄身の色が濃いに限るとか、大人がたまめしに注ぐ蘊蓄はきりがありませんが(本当か?)、それよりよほど重要なポイントが一つあります。

 醤油の分量。

 ご飯にからめたとき、醤油が少ないと甘すぎて味に芯がなく、多いとたまごの甘さが死んで台無しになります。その加減の難しさといったら!。

 ベートーベンのバイオリンソナタ「春」にも似て(大袈裟すぎる)、バイオリン=たまご=がしっかり主張することが大切で、しかし伴奏のピアノ=醤油=も生きていなければならない。うーん、われながら惚れ惚れする例えです...汗^^;。

 新鮮なたまごがポイントだとか、刻みネギを散らせば絶品になるとか、温泉たまごでやるとか、納豆ご飯にかけるとかーみんな、些細な付け足しに過ぎません。

 たまめしに限らず、味付けの加減というのは本当に難しい。うどんのつゆを作るとき、沸騰させて火を止めてしっかり鰹だしをとり、そして醤油の加減の微妙さ。わたしの場合、味見するとつい、薄いと感じてしまいます。その結果、しばしば味を濃くし過ぎてしまう。

 自己分析すれば、味が薄いと感じるのは、料理する自分に自信がないのです。怖いから、付け足してしまう。分かっていても、ぴったりの味加減に仕上げるのは難しいなあ。

 50歳を過ぎたころ知り合った人から、こんな言葉を教わりました。

 「プロはひと味を惜しむ」

 これ、どんなふうにも解釈できますが、わたしの勝手な理解は「あと塩ひとつまみ、加えたいところでやめておく」でした。以来、これを密かなルールにしています。120%の濃い味は問題外として、100%の適正よりも、98%の薄味がいい。

 学生時代、お金がなくなると、たまめしかマヨネーズ・ソースご飯で食いつないだことは、前に書きました。いま、たまめしを食べることは滅多にありませんが、年に1、2回ほど、無性に食いたくなります。

 そして相変わらず、醤油加減に神経を尖らし、「うまいなあ」としみじみ思うのです。