ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

フィレンツェの500年前の空気を吸う 〜「ルネサンス画人伝」ヴァザーリ

 ジョルジュ・ヴァザーリ(1511ー1574年)の名前にピンとくる人は、ごく限られていると思います。イタリアの画家、建築家。芸術家としてより、その名がルネサンス期の美術を研究する人たちにとって必須であるのは、彼が「画家、彫刻家、建築家列伝」を書き残したからです。

 ヴァザーリが生まれたのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの死(1519年)の8年前。彼の生涯は、イタリアに始まったルネサンスが終盤から次の時代に移るころに重なります。ミケランジェロやラファエロは、彼からすれば、かろうじて生前を知る大先輩といったところでしょうか。

 いや、ミケランジェロは長生きしたから、結構かぶっている?

 「画家、彫刻家、建築家列伝」は、そんな時代の芸術家たちの伝記をまとめた大作です。そして、この「ルネサンス画人伝」(ヴァザーリ、平川裕弘他訳、白水社)。列伝の中からボッチチェルリ、レオナルド、ラファエロ、ミケランジェロ、ティツィアーノら15人を選んで翻訳した1冊なのです。

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 わたしがヴァザーリの名を知ったのは16歳のとき。イタリア放送協会が制作したテレビドキュメンタリー「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」を、NHKが放送したからでした。番組の中に<ヴァザーリによれば....>という解説者の台詞が、繰り返し出てくるのです。

 高校1年だったわたしは、この番組で完全にレオナルド・ダ・ヴィンチとイタリア・ルネサンスに魅せられてしましました。併せてヴァザーリという名前も頭に刻み込まれ、いつかその「列伝」を読みたいと思ったのでした。

 (このテレビドキュメンタリー、またレオナルドが残した膨大な手記の一部は翻訳されて岩波文庫に入っていて、以前このブログでそれぞれ書いているので、最後に参考にリンクを貼ります)

 実は絵に関して、レオナルドと同じほど、いや、むしろそれ以上に高校生のわたしを魅了したのはラファエロでした。理由は単純で、ラファエロが描いた聖母像のあるものは、当時のわたしの理想の女性像のストライクゾーンど真ん中直球!だったからです。

 ヴァザーリの列伝によると、若くして逝ったラファエロ、清らかな聖母を描きつつ女遊びもそこそこ派手だったようだけど^^;。

        f:id:ap14jt56:20220226101710p:plain wikiより

 

 わたしのルネサンス熱を高めたもう一つの作品は、辻邦夫がボッチチェルリの生涯を中心にフィレンツェの栄光と没落を描いた小説「春の戴冠」でした。以降、ボッチチェルリの代表作である「春」や「ヴィーナスの誕生」を見るわたしの目は、完全に辻邦夫の影響に染まったままです。

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 それやこれやで、いつか読みたいと思っていた「列伝」。翻訳したのがこの本で、さらに「続ルネサンス画人伝」「ルネサンス彫刻家建築家列伝」も白水社から出ています。

 列伝に書かれた画家たちの細部のエピソードについて、全て事実なのかとときに疑問は残るにしても、今も知られる天才たちが、当時どのように評価されていたのか興味深く読めます。

 ヴァザーリは、各人の芸術家としての特徴を述べ、さまざまな作品を分析、比較しています。著者自身が画家だったからこそ書けた評伝集でしょう。触れてある中には、すでに散逸、あるいは破壊された作品も多いと思うのですが、わたしは専門家ではないのでよく分かりません。

 さて、夜中に飲みながら書いているので、目が回る前に結論へ。

 過去の画家たちの名作に関して、最新のテクノロジーを駆使した分析や史料発掘による研究が相次いでいます。どれもとても興味深いけれど、500年前に彼らが吸っていたイタリアの空気は吹いてこないんだよなあ。

 この列伝、日本で言えば戦国時代の初めごろに記された<古典文学>です。記述の端々に「古典らしさ」があって、翻訳文からも伝わってきます。

              

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