ことばを食する

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リアリズムのいま 絵画はなにを語るか 〜塩谷亮、諏訪敦個展

 東京で開催中の二人の画家の個展を訪ねてきました。作風は異なっても、ともに日本の現代写実あるいはリアリズムの最先端を走る俊英です。

 塩谷亮さんと、諏訪敦さん。

 絵に興味があって、特に現代写実をウオッチしている方には説明不要と思いますが、まあ、ふつうは「だれ、それ?」かな。わたしだって、今のアイドルとか俳優は名前聞いても「だれ、それ?」だしね。

 小さな個展だったら、田舎から往復2万5千円もかかる新幹線チェット買ってまで行かなかったと思うけれど、どちらも画家としての歩みをいったん集大成(まだわたしよりよほど若い)した個展。会期が重なっていたので、厳しい年金生活者ながら「これは行く価値あるかな」と思ったのでした。ついでに一泊して東京の空気を楽しもう〜と下心もあり。

 以下、初日に見た塩谷さん、2日目の諏訪さんの順で。個人的な感想であり、また一部脱線したらご容赦ください。

 

 <塩谷亮 刻を描くリアリズム> 東京・新宿区の佐藤美術館、会期 2026年1月8日から2月15日

 

 いきなりこれか?

 ...なんですが。塩谷さんがイタリア留学中にフィレンツェで模写した、元は500数十年前のレオナルド・ダ・ヴィンチの<デビュー作>です。オリジナルである大作の左下天使2人を、レオナルドは師匠から任されていました。

 当時は工房内で分担制作することが珍しくなく、作品自体は師匠名義です。作品があるフィレンツェのウフィツィ美術館に行った気分を味わいました。完璧....。塩谷さんの作品はこれまで写真や実物をいくつも見ているので、わたしにとっては、こんな修行時代の軌跡がむしろ新鮮だったこともあります。

 ルネッサンス絵画からのさまざまな学びを経て、現在の塩谷作品があるのですね。展示は初期作品から最新作まで、5章のパートに分かれ、30年の画業を振り返る構成です。年齢的にはまだまだ若いので、これからの展開も楽しみです。

 では会場の塩谷さんの作品へ。

 これは大自然が迫ってくるような大作。東北の朝霧に包まれた森と湖を、画家の目が詩情豊かにとらえています。前に立って深く、静かに息を吸い込みました。

 きれいな花の一枚の葉先に、なぜ「枯れ」を描くのか。作品に変化を持たせるためであり、同時に森羅万象、時の流れの中でやがて朽ちる命を象徴しています。

 西洋絵画では17世紀のバロック以降、神の王国に対する現生の虚しさの暗喩として、この類のさまざまな手法が使われました。日本には諸行無常の感性がありますが、なぜか江戸期以前の日本の絵画表現には、美しさの一部にさりげなく別の意味を忍ばせた例があまりない気がします。ただ素人の感想なので、違っていたらご教授ください。

 表情とポーズはもちろんとして、衣服の色彩と肌の美しさ。古来、絵のモチーフの多くが若い女性なのはどうして?。ストレートにわたしの考えを書くと、最近は微妙な世の中なのでやめておきます。うー。

 最後の作品を見終え、一人の画家の中で西洋と日本がどのように融合して独自世界が創られていくのか、作品を通して目撃できたように思いました。写真では伝わりませんが、作品は絵肌がきれいで落ち着いた色の深みがあります。油彩の古典技法をベースにした作家の人間性が滲み出ていました。

 週1くらいでライブペインティングも行われていて、モデルさんを描き進めているとか。わたしはタイミングが合いませんでしたが、制作途中の現場が展示スペースにありました。


 <諏訪敦 「きみはうつくしい」> 東京・品川区のWHAT MUSEUM 会期2025年9月11日から2026年3月1日

 諏訪さんの画業をたどる大規模個展です。2階を5スペースに分けた展示で、見応えがありました。個展タイトルは「きみはうつくしい」でも、最新作の立体と平面の大作で構成された作品群の前に立つと、写実が「崩壊」しているので、「これどこが美しいの」となりかねません。

 展示は過去からの画業を俯瞰できる内容で、時代時代に異なる表現を追求した心のストーリーに同調できれば、きっと最新作も納得できるでしょう。表現を通して「存在すること」を突き詰めると、ここまで行ってしまうのか...と。わたしにとって諏訪さんは、リアリズムの求道者か修験者のようなのイメージです。

 ちなみに、個人的には人物と、最近になって作例が増えた静物画を見たいという思いがありました。

 緊張感を秘めて、張り詰めた静かな画面です。モデルが手にかざしているのは頭蓋骨の一部。ちょうど隠れた顔の部分に相当する骨です。思い浮かぶのはみずみずしい若さと死。存在することの儚さと確かさか。

 次のバラは小品ですが、モチーフは異なっても同じ主題のような。

 静物をあと2点紹介。額のガラスに反射した照明のように見えるのは、絵に描きこまれている<光>です。

 個展のタイトルになっている最新の大作は、ここに載せません。立体作品は写真で伝えることが難しく、場合によっては誤った印象を誘発しそうなので。また一部、撮影不可の作品もありました。

 

 どちらの個展もまだ会期中です。さて、たまに行く東京の夜、街中の安い飲み屋の酒と料理も十分に堪能できました。2日目の帰りなんて時間待ちの東京駅で夕方から飲み始め、ほろ酔いなのに駅弁と缶ビールまで買って新幹線乗ったし。やれやれ。