ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

ネーデルランドの絵描きたち 〜ロンドンぶらある記⑥

 ロンドンのナショナル・ギャラリーは、入場口のあるセインズベリー館と、空中の通路でつながった本館があります。セインズベリー館は西暦1500年までの絵画、本館は16世紀以降という作品構成で展示されています。

 いったん入ると、展示室は前後左右に延々と連なり、方向音痴のわたしは自分がどこにいるのかしばしば分からなくなりました。広いというか、広大。ダイエット目的のウオーキングで全展示室を回ると、軽く30分はかかりそう。

 セインズベリー館の最初の展示室に入ると、たいていは鑑賞者が集まっているので、すぐその絵に気づきます。ガイドに率いられた団体さんは、まずここで最初の解説を聴くらしい。

 もっともあまり一般ウケしない作品で、古臭いし、モデルも美人やイケメンどころか一風変わった男女。ただし絵画史を語る上で外せない作品です。わたしも実物は見ておきたかった。そして、実際に作品の前に立ってみると

 一瞬絶句。静かにオーラを発していて...やはり、画集の写真で凄さは分からん!。と思いました。(ブログだと写真載せるしかないんですけど)

 

 ネーデルランドの画家、ヤン・ファン・アイクが描いた「アルノルフィニ夫妻の肖像」(82.2×60cm、板に油彩、1434年制作)です。絵としてわたしの好みかと言えば微妙なのですが、見惚れました。

 ファン・アイクは長く、油絵(油彩)の創始者とされてきました。代表作が約600年前に描かれた、この夫婦の肖像です。中世までテンペラ画が主流だった一方、油彩もファン・アイク以前からあったのですが、その技法を集大成して確立したのが彼なのです。

 作品の上中央から下がっている金色のシャンデリアを例にすれば、本物のような金属の質感、窓から射す光による輝きと影は、30センチまで顔を近づけて凝視しても感嘆しかありませんでした。

 そんな写実を可能にしたのが油彩という手法が持つ描写力で、この作品では隅々まで手を抜くことなく徹底されています。

 以降、絵画の主流はテンペラ画から油絵になります。ネーデルランドの画家、ファン・アイクが没した11年後、イタリアのヴィンチ村に生まれたのがレオナルド・ダ・ヴィンチでした。名前を翻訳すると「ヴィンチ村のレオナルド」だから、日本なら「○△村の助五郎」みたいなものかな^^;?

 レオナルドは最盛期のルネッサンスにあって、油彩の技法をさらに優美に洗練させた天才でした。

 

 ファン・アイクに話を戻し、さて、ネーデルランド。現在のベルギーとオランダにまたがる地域です。イタリアやフランスなどに比べると、やや地味で田舎くさい印象です。しかしここは、重要な画家たちを何人も輩出しました。ファン・アイクから200年を経た17世紀には、左の窓から光射す室内の、家庭的な情景を得意にする画家がいました。

 彼は生きている間、特別な脚光を浴びた画家ではありません。地元の町の画家組合に登録され、いちおうプロでしたが、寡作でしかもあまり絵を売ろうとしなかったようです。すぐさま絵画の歴史の中に消えたのに、なぜか20世紀に入る前後に<発見>され、突然スポットライトが当たりました。

 ヨハネス・フェルメールです。

 今では圧倒的な女性ファンを獲得し、10年ほど前に上野の美術館でフェルメール展が開かれた折には、その人混みにただただ驚きました。入館に長蛇の列、大混雑の会場に入れば、この少女の前にまたうねくる列。

  

 あの期間に限れば、同じ上野公園にいるパンダに匹敵する人気だったと思います。

 フェルメールに加え、17世紀にフランドルで活躍したもう一人は「光の魔術師」と呼ばれたレンブラントでした。ナショナル・ギャラリーには、フェルメールもレンブラントもあります。(写真の「真珠の耳飾りの少女」は別の美術館所蔵です)

 しかし、わたしは2人以外の17世紀フランドル絵画の小品、とりわけ静物画を展示した部屋に長く足止めされました。大作の派手さはないけれど、見るほど心に沁みてくる魅力。そして日本の現代写実の一線で活躍する画家さんたちと、同じモチーフがすでにここにあって、それは楽しい発見でした。

 

 

  

 半ば皮を剥いたレモンやオレンジ、甲殻類、縁から垂れ下がるテーブルクロスその他、見慣れたモチーフがいくつも、400年の時を隔ててネーデルランドで描かれていました。ファン・アイクから脈々と積み上げられてきた、油彩の超絶技巧を駆使して。

 作者は知らない名前ばかりでも、静かに呼吸して絵と対面していると、なんだか古い知り合いのように思えてきたのです。

 「やあ、すごいねえ」

 4世紀の時を隔てたおいぼれの鑑賞者は、つぶやくように心の中で声をかけました。