ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

英国にも新宿にもひまわりは咲き 〜ロンドンぶらある記⑦

 ナショナル・ギャラリーを訪れる人で、この絵が目当てという人はかなりいると思います。フィンセント・ファン・ゴッホの「ひまわり」。

 環境保護団体の青年というか少年たちが、この作品にトマトスープを投げつけたのは2022年。同じ団体はその前、ルーブル美術館で「モナリザ」にも同様の行為を行いました。幸い、2作品はガラスケースなどに保護されていて無事でした。

 地球環境保護は大賛成だけれど、名画の破損とどう結びつくのか、わたしには今も『?』です。どなたか解説してくださいw。

 さて、それより「ひまわり」。

  鮮やかでトーンの異なる黄色=ゴッホにとって幸福の色=の氾濫と、淡い黄緑が目に飛びこんできていっぱいに広がり、見つめるほど色とタッチの風圧を感じます。実物はかなり大きい。このとき、見る人の心はゴッホと共振しているのだと思います。

 逆に、顔を背ける人がいるかもしれません。激しく明るい絵なのに、「どこか鬱陶しいから」とか、もしかすると「なんだか痛々しくて見ていられない」という人がいても、不思議ではないかも。

 その反応のどれもが、絵画が持つ力だと思います。確かにファン・ゴッホはヤバい人です。自傷の「耳切り事件」を起こし、精神病院に入り、最後は拳銃自殺。ゴッホの絵、わたしにはモチーフに自己を叩きつけた「私小説」のように思えます。

 

 花瓶にさしたひまわりを、ゴッホは7点描いています。7点中6点がナショナル・ギャラリーほか各国の美術館、あるいは個人が所蔵しています。残る1点は、神戸の実業家が戦前から保有していたのですが、1945年の阪神大空襲で焼失しました。

 ほぼ同時期に、7点の「ひまわり」は描かれたました。ナショナル・ギャラリーの図録には、ゴッホが弟のテオに宛てた手紙の一部が紹介されています。

 「黄金を溶かしてしまうくらいに熱くなること(中略)それは誰にもできるというものじゃない。その人の存在全体のエネルギーと精神の集中力が必要なんだ」

 それほどの情熱を傾けた「ひまわり」。もし、写真ではなく、実物を見たいと思ったら、実は必ずしもロンドンまで行く必要はありません。新宿駅から徒歩10分以内のSOMP美術館に、7点のうちの1点があります。個人的には、どちらの作品か優劣つけ難いかなあ。

 

 ナショナル・ギャラリーにはゴッホだけでなくセザンヌ、ドガ、ゴーギャン、モネからピカソまで、19世紀から20世紀にかけての名作もたくさんあって、そのカテゴリーだけで半日は潰せます。見疲れしたら、ちょい戻ってラファエル前派やバロックの部屋でリフラッシュするもよし。

 いや気分転換のつもりが、そこでまた、ついまじまじと見てしまうんですが。そのうち、腹が減ってきて

 「パブに行こう。飯とビールだ。続きは明日またくればいい」

 ...となってしまうのでした。ナショナル・ギャラリーを出れば、徒歩数分以内にパブだけでなくマクドナルドまであります。サンドイッチを買って、レスター・スクエアの噴水見ながら腹ごしらえも、なかなかいいものでした。これはベンチに座ってもぐもぐしながらの1枚。中央、噴水を見下ろして片肘つき、気取っているのはミスター・シェイクスピアです。

 

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 【補遺】

 ゴッホで思い浮かべるのは、小林秀雄の「ゴッホ」です。戦中から戦後にわたって書き継がれた一連の原稿は、優れたゴッホ論だと思います。

 付け加えて、詩人の中原中也がゴッホについて書いた文章の一部を紹介します。

 「彼は飢餓と孤独に棲んで、しかもそのうちに黄金の収穫、燃ゆる向日葵...(中略)...照りつける太陽を画布の上に残した。

 ヴィンセントには、この世に絵を描くことより他には何一つすることがなかった。しかもその絵が売れるということもなかった」

 =中原中也全集別巻(角川書店)