ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

輝き続ける頽廃文学の北極星 〜「眠れる美女」川端康成

 川端康成の「眠れる美女」は、昭和35年から翌年にかけて雑誌「新潮」に連載された100ページに充たない中編小説です。ノーベル賞作家・川端の...というだけでなく、近現代の日本文学における最高到達点の一つだとわたしは思います。

 もしかすると好きになれない、あるいは拒絶反応を示す人もいるでしょう。特に女性がこの小説をどう受容するのか、わたしには想像が及びません。また、分かりやすい正義ばかりが増殖し、SNSの<正論遊戯>が暴力になって人まで死ぬ今の社会を考えると、「眠れる美女」がひと言で片付けられることもありそうに思えます。

 この小説「キモい」とか、「ヘンタイ」とか。

 しかし、正義はしばしば底が浅い。昼の光に照らされた分かりやすい正義より、人それぞれが持つ心の闇に下りてゆくことこそ、底が知れません。人とはなになのか。

 老いた男は、海辺に近い「眠れる美女」の家に通います。そこで毎夜違う、若い全裸の、薬で眠らされた女の横で添い寝をします。細かく情景を描き出し、男の心の流れを腑分けする文章は、研ぎ澄ましたカミソリの切れ味。

 老いた男の奥底に埋もれていたたさまざまな記憶が、女に触発されてよみがえります。読み進むうち、かすかな通奏低音のように聴こえてくるのは哀しみか、人の不気味さか。

 そして訪れる二つの死。

 

 この小説について、「キモい」や「ヘンタイ」をわたし世代の言葉で言い替えれば「頽廃的(デカダンス)」という形容になります。もともと19世紀フランスにルーツを持つデカダンス文学は、既存のキリスト教的道徳観を破壊し、人の真の姿に迫ろうとした作家たちの作品群です。

 「眠れる美女」は日本で生み出された、デカダンス文学の北極星。

 川端には「伊豆の踊り子」や「古都」のような、一点の曇りもない名作が対極にあります。清濁、この振れ幅の大きさが、文学者としての川端の凄みです。だから最後は、70歳を超えてもガス管をくわえて自死するしかなかったのかな、と邪推。

 

 わたしは旧仮名遣いの古本で読みましたが、今の新潮文庫「眠れる美女」には、中編の「片腕」がカップリングされています。「片腕」もシュールな頽廃文学の逸品で、文豪の一面に触れるいい1冊になっていると思います。R18指定の小説ばかりですが、なに、どうせお子様にこの毒はあまり効かない(分からない)だろうな。

               

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