ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

だからわたしは全集にこだわる

 本に関して、これが今年最後の大きな買い物になると思います。古本の「川端康成全集」(19巻、新潮社)を、ヤフーオークションで送料込み9,000円で落札しました。意外に安く手に入ったのは、昭和44(1969)年から同49年にかけて刊行された旧版の全集だからです。

 この全集が刊行途中だった昭和47年、川端は鎌倉の自宅でガス自殺しました。その後昭和55年から改めて全集35巻、補巻2冊が刊行されました。新版は古本といえどそれなりの価格だし、大部すぎて粗末なわが家では手に負えません。そもそも研究者ではないので、厳密な全集は必要ないし。

 ランボー、セリーヌ、ヴァレリー、ドストエフスキー、ベルグソン、三島由紀夫、小林秀雄、太宰治、澁澤龍彦...。その他、なんだかんだでわたしの部屋にはいろいろ全集や作家集成があります。海外作家と日本の作家が半々くらい。

 個人全集を買い始めたのは高校1年の冬で、文庫にない作品を収録したドストエフスキーの1冊からでした。学生時代は古本屋さんを回って気になる作家たちを1冊1冊(まとめ買いするお金がなかった)集めました。

 古本屋を回るといっても、高田馬場から早稲田までの通学路は古書街なので、行き帰りはそのまま古書店巡りなのです。どの店にどんな値段でどの本が売られているか、ほぼ把握していました。結果的に全巻を揃えることができなかった作家もあって、いま部屋にある全集や作家集成はけっこう「欠品あり」の状態です。

 精神分析学の基礎を築いたフロイト著作集(8巻、人文書院)などは4、7、8巻が欠品で、昨年だったかネットで第4巻を見つけて補充しました。残る2冊は放置だな。フロイトの文化芸術論、特にレオナルド・ダ・ヴィンチ論はとんでもなく面白い「暴論」で、三島由紀夫など書評で天下の奇論と絶賛?しています。

 本屋さん以外で手に入れた全集もあります。学生のころ、早稲田や高田馬場のパチンコ店には、景品として店内の一角に本棚と本がありました。ほしい本がそこにあれば、大当たりした日は山盛りのパチンコ玉をお金にする(生活費)か、本と交換するか悩みどころでした。

 中原中也全集(5巻、角川書店)は、パチンコで全巻揃えました。まあるい銀玉で全集を手に入れた人はそういないと思う。トータルで見れば、本屋さんで買った方がよほど安上がりだったに違いないけれど。

 

 気に入った作家は、いろいろ読みたくなります。全集が出ているような作家なら、主要作品は文庫本になっています。山に例えるなら、文庫本の作品はだれもが仰ぎ見るような標高の高い山々で、その作家にとっての代表作や人気作です。

 (ただし出版不況になって以降、現役作家の本はやたら文庫化されるので、厳密には現代作家にこの原則は当てはまりません)

 一人の作家のデビューから死までの創作活動は、高い山ばかりでなく、低山や麓の丘陵も含めた複雑な連なりです。不人気作、多くの短編、雑誌や新聞に書いたエッセイ、評論の類は埋もれたままになります。

 全集でしか読めないエッセイなどは、ピクニック気分で登れる丘のようなもので、これがなかなか新鮮で面白い。低い頂から向こうに聳える高い山を見れば、その作家の代表作やイメージも、奥行きを加える気がするのです。だから全集がほしくなります。

 

 川端康成は高校から大学時代にかけて文庫本を読み、具体的なイメージがありました。50歳代のころ何度も、東京出長で越後湯沢経由の上越新幹線を使いました。越後湯沢は「雪国」の舞台です。

 車中の暇つぶしに飲みながら「雪国」の再読もよかろう...と、東京駅で缶ビールと駅弁と文庫本を買いました。そして驚いたのです。

 こんなにもエロい小説だったのか、と。女の思いの切なさと、男の傲慢な独りよがり。性的描写はないのに、全編から二人が肌を合わせる熱気が漂ってきました。隅から隅まで、美的神経を研ぎ澄ました文章の透明感。

 初読は高校生(=ひねくれたガキ)のときだったので、肝心なところが全く分かっていなかった。「川端作品を読み直さなければ」と思い、しかしそのまま再び十数年、実行することもありませんでした。最近も川端全集の古本をネットでチェツクすることだけはしていて、ようやく買ったのです。

 ただ届いても本棚に空きはなく、机上の積読スペースもいっぱい。例によって床に直置きしました。個人的にはここれを床上収納と呼んでいます。 

 

 中編「花のワルツ」と、戦後になって雑誌に書いた伊豆旅行のエッセイなど読みました。なに、意気込んで全巻を一気に読破するつもりはありません。長く付き合えるのが全集のよさです。ふと気が向いたとき、すぐ手元にあることがいちばん大切。そんなふうにして、何十年かの間に再読、再再読した作品はいくつもあります。

 とりあえず次は「眠れる美女」を読もうかな。