ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

いちまいの絵

 40年近く前、1週間ほどパリを訪れました。ガイドブック片手に、移動手段は地下鉄の回数券を買い、バスに乗り、郊外へは駅からフランスの国鉄で。あとは徒歩。旧ルーブル美術館は朝から夕方まで費やしてとても回り切れなかったり、アポリネールの詩「ミラボー橋」を渡り、学生街カルチェラタンのカフェでサンドイッチ齧ってビールを飲んだりしました。

 そしてモンマルトルの画廊で、水彩を1枚買いました。確か、当時の日本円で1万円ほどだった。

 日本の古本屋さんみたいな雰囲気の画廊で、一角に何十枚もの水彩画やスケッチが裸で平積みされていていました。100円均一本のような扱いで、さすがに100円ではなかったけれど。

 推測ですが、無名の若い貧乏画家たちがその画廊に売れそうな絵を持ち込む。店主は仕方なしに引き受ける。もし売れたら、画廊が何割かを天引きして、残りを画家(の卵)に渡す。そんなシステムだったのかなあ。

 超大判のトランプをめくるように、平積みの絵を見ていたら、ふと1枚に心を撫でられました。軽いタッチ、素直に切り込んでいく線の蓄積。こんな線を引ける人は、技術もあるけれど、きっと心が澄んでいる。背景にサクレ・クール寺院が見える絵葉書のような構図なのですが、つい買ってしまいました。

 以来、絵は額装して今も壁に掛けてあります。

 右下にサインが入っているけれど、描いた彼、もしくは彼女が今どうしているのか、描き続けているのか、画家と違う人生を選んだのか、分かるはずもありません。わたしのモンマルトルの記憶と、見知らぬ画家が、1枚の絵でつながっているだけです。

 

 モンマルトルはルノアール、ピカソなど多くの画家たちが住み、芸術家たちが集まった区域の一つで、20世紀前半まで様々な芸術運動がここから始まりました。訪ねたときも、テルトル広場には絵描きさんたちがたくさんいたなあ。現在もその雰囲気は残っているようです。写真はwikiから。

 

 まもなく、パリ五輪が開幕ですね。