ことばを食する

本たちとの、出会い、すれ違い、言葉との恋愛。つれづれなるまま記していきます

年に1度の逢瀬 幻の3日間 〜「風の盆恋歌」高橋治

 9月1日から3昼夜続く、富山市・八尾の「おわら風の盆」が始まりました。指先1本1本まで芯が通って乱れない、踊りの美しさ。胡弓と三味線が鳴らす、緩やかで切ない地方(じかた)の調べ。歌い手が息長く、高い声で歌い上げる正調おわら。おわらの歌詞はたくさんあるのですが、男と女の情を歌ったものがかなりを占めます。そして編み笠で顔を隠して踊る女性たちがみんな、魅力的な美人に見えるから不思議です。

 風の盆を小説の舞台にし、「死んでもいい」という大人の恋愛を描いたのが「風の盆恋歌」(高橋治、新潮文庫)です。中身は、今ふうに具体的に言えばW不倫。小説より、石川さゆりさんの演歌「風の盆恋歌」のほうが知られているかな。こちらは小説をもとに、なかにし礼さんが作詞しました。

f:id:ap14jt56:20190901201556j:plain

 小説は、若いころひかれ合いながら、思いを告げることなく行き違えた二人。互いに家庭を持ち、長い年月を経て再び出会ったとき...。年1度、風の盆の3日間だけ、2人は密かに現実を離れた世界で逢瀬を重ねます。

 何だか昼メロのあらすじみたいですね。言い方を変えれば由緒正しい(?)お手本のような恋愛小説です。ハッピーエンドになるはずもない終わりまで、中身にやや古くささを感じる方もいると思います。しかし、それはそれとして、作家のきちんとした文体で、精緻に組み上げられた世界を味わうことができます。また、風の盆の魅力をこれほど的確に描いた文章は他にないでしょう。

 物語の運命を暗示するように、印象的に出てくるのが酔芙蓉の花。白から紅に色が変わる不思議な花です。小説が書かれてそうなったのか、もとからあるのか分かりませんが、八尾の家並みを歩くと軒下でしばしばこの花に出合います。

f:id:ap14jt56:20190901201803j:plain

 夏から秋への変わり目、10数年ぶりに風の盆に行きました。写真は昼に撮影した2枚ですが、風の盆が、哀調を帯びて幻想的になるのは夜も更けてから。ぼんぼりの薄明かりの中で聴く胡弓と三味の調べ、男と女の静かな踊りはちょっと鳥肌ものです。絵空事の小説まで、しっくり胸になじんでしまうから困ったりして...。