ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

本を愛した5人の男 〜「古本屋奇人伝」青木正美

 書物、雑誌、新聞と、出版物を取り巻く環境は1990年代半ば以降、劇的に変化し続けています。「紙の活字文化」という視点でまとめるなら、「衰退」という2文字があらゆる数字から浮かび上がります。衰退する世界の、日々印刷されて店頭に並ぶまでがメーンストリートなら、古書の世界は紙の活字文化が内包したセカンドストリートです。派手さはないけれど、午後のひととき、ページをめくると立ち上がってくる人たちの姿に、不思議な懐かしさを覚えました。

 「古本屋奇人伝」(青木正美、東京堂出版)は1993年初版。再版されたかどうか不明ですが、入手しようとすれば古本で探すしかないと思います。わたしは地元の古本屋さんでたまたま目にし、定価2,600円の何分の一かの値段で買いました。東京堂出版は「類語辞典」など国語系の本を出して、いまも健在のようです。

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  昭和の初めから平成まで、古本屋として生きた東京、大阪5人の店主の生涯が綴られています。どんないきさつで古本屋という稼業に入ったのか、古書の専門家としてどんな生きがいを求め、自己実現していったのか。タイトルに「奇人伝」とありますが、いささか酒は飲んでも、社会常識を破壊するような真の奇人は一人も出てきません。

 本を愛し、本と付き合い、本を通じて作家や学者たちとつながり、個性豊かに、真面目に仕事に向き合った人ばかりです。そして古書の世界とは、単に本を買い入れて転売するだけでない、こんなに深い世界なのかと目を開かされます。

 中に「今も生き続ける風狂の人ー山王書房主・関口良雄」という章があります。山王書房は大田区という、東京の古本屋地図でいうと〝辺境の地〟にありました。わたしの下宿が大田区南馬込にあり、たまたま徒歩で30、40分の山王書房を何度か訪れた事がありました。俳句を愛したという店主の人間像など知る由もなく、またその後間もなく、がんで帰らぬ人となっていたことを知りました。

 当時、わたしは白水社から出て既に絶版だった全10冊ほどの「ベケット著作集」を探していました。山王書房で中の2、3冊を見つけ、状態のいい1冊を買った記憶があります。この本を読み、本棚のベケット著作集をすべて取り出して裏表紙を調べたのですが、そこに貼ってあった売値と古書店名を記した紙片は、剥がした跡が残るだけでした。

 「古本屋奇人伝」は、1993年だから出た本だと思います。そのころ反町茂雄さんの「一古書肆の思い出」(平凡社)が話題になり、古本業界に関する本が何冊か出たころでもあります。

 2年後の1995年に、ウインドウズ95が発売され(当時はOSがCDで売られた!)パソコンの大衆化が始まりました。そしてネット社会の爆発的な浸透。出版文化のセカンドストリートである古書業界に、もう光が当たることはない気がします。

 

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