ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

嘘が現(うつつ)を救う 〜「木挽町のあだ討ち」永井紗耶子

 うう。やるねえ。参ったなあ。

 さすがに声には出さないけれど、感嘆し何度も心で唸っておりました。こいつは本物だぜと、ぺえじを捲りながら、分もわきまえず作者の才に驚き。

 一度など目頭が熱くなりかけ、「やばい」と天を仰ぎ、目を見開いて目ん玉乾かしたりしました。うら若き乙女じゃあるまいし、ジジイが作り話の小説に涙するなんてみっともないじゃあありませんか。

 「木挽町のあだ打ち」(永井紗耶子、新潮文庫)という小説が最近、直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞したことは拙者も存じておりました。最近といっても昨年か一昨年のことで、年をとるとここ数年の出来事など、みんな最近になってしまうのはご容赦を。

 最近の拙者、柄にもなく絵筆で花やら風景やらを描く油絵にうつつを抜かし、気になる小説が世に出ても「文庫になったら読もう」程度に思ってしまいます。裏を返せば、気負って新刊本を贖っても大半がハズレ。時間はあっても金がない年金生活者には、辛いことが多すぎる。

 そんな折、「木挽町のあだ打ち」が文庫になったのを見つけました。期待半分、ハズレでもがっかりしないよう初から諦め半分。で、読み始めてみれば、冒頭のようになった次第です。繰り返せば

 うう。やるねえ。参ったなあ。

 嘘は現(うつつ)を救う。小説や舞台といった虚構=嘘=は、辛いことの多い浮世=現=を、我々が真っ当に生き延びるための秘薬になる。これはそんな小説です。救われたのは拙者のように毎日鬱々とする読者であり、小説の中では救いのない仇討ちに己を賭けるしかない菊之助。

 お天道様に恥ずかしくないように生きよ、という素朴で真っ平(たいら)な価値観が心に響くのは、ちょっと浅田次郎さんに似ている気がします。浮世は小難しいしがらみが蔓延るからこそ、忘れてしまう足元の真っ平な価値観。これを小説で粋に描くのは、簡単なようで凡夫にできる技じゃありません。

 題は「あだ討ち」。漢字を当てはめると「仇討ち」で、作中でもこれが使われています。どうしてタイトルだけ平仮名表記なんだ?という疑問に対する回答は、終盤に用意されていました。これがまた、なかなか見事で。おっと、種明かしはいけませんね。

 悪が滅びる収束のさせ方はちとあっさりすぎた感もあるが、そこに至るまでの芸の切れ味に免じて目を瞑ろう。そもそも小説とは、現を救うための優れた嘘なんだから。なんだかんだ言って拙者、大上段からの面を1本くらいました。感服つかまつる。

                

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