ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

秋の日射しのような... 〜「古本食堂」原田ひ香

 11月に入って庭のドウダンツツジが赤く色づき、斜めから射す光を浴びています。夏の太陽は頭上から照りつけるけれど、冬を控えたこの時期は真昼も空の低い位置から光が射し、景色が輝いて見えるのはそのせいだろうか...と、ふと思いました。

 「古本食堂」(原田ひ香、角川春樹事務所)は、穏やかな午後の休日に読むのがぴったりの小説です。リラックスした心に沁みてくる、何気ない、でも旋律が楽しいお気に入りの曲のような。

  

 東京・神田神保町の表通りから外れた鷹島古書店。長年営んできた男性が急死し、北海道帯広市から上京した妹の珊瑚がとりあえず店を引き継ぎます。遺産を処分して北海道に戻りたいけれど、兄への愛着がそれをためらわせる。珊瑚の年齢について具体的な説明はありませんが、両親を看取ったたぶん60代後半の独身女性。

 店の品揃え、値付け、一つひとつに兄の意思が遺されています。珊瑚がガラガラと店のシャッターを上げて、1年ぶりに古書店を再開するところから物語は始まります。ただし「古書高価買取」の看板は外して。何しろ珊瑚は素人だし、本を売り切ったら店を閉めることも考えているから。

 ガラガラとシャッターを上げ、

 いったん店の中に入って、文庫本がぎっしり詰まった箱を外に引き出した。カバーがなかったり、少しだけ傷んだものもあるが、三冊二百円という安さだった。

 古書好きなら馴染み深い、店頭の格安本です。値付けをしたのは生前の兄。珊瑚は業界に関しては素人でも、本に関してはなかなかの通です。

 角がこすれたクリスティ、カバーがない丸谷才一......どちらも読み始めたら夢中になってしまう名著だ。でも今は仲良く箱の中に並んでいた。なんだか切ない気持ちになる。こんないい本が、たった二百円で投げ売りされているなんて。でもきっと、丸谷才一先生はクリスティの隣にいることをそう嫌がらないだろう

 

 小説はここからが本編。珊瑚、そして大学院生の姪・美希喜(みきき)の二人の視点で、交互に進行します。本への愛情、若い世代の恋の行方、東京と北海道に離れた熟年の愛が、固有名詞を満載した神保町近辺のリアルな描写や食べ物を背景に展開するのです。

 原田さんは小説家で、脚本家。物書きとしてのスタートはシナリオ作家なので、作品展開や読者の心のひだを掴むテクニックはそこで培ったのだと思います。熟年世代の難しい愛のあり方に加え、BL(ボーイズラブ・男と男の愛)まで出てくるのですが、違和感なく作品に溶け込ませているのは現代的であり、またうまい。

 昼から、冷たいビールを飲んで余韻に浸りたくなった1冊でした。

 

 (作家メモ=wikiから)原田ひ香 1994年、大妻女子大学文学部日本文学科卒業[2]。大学では中古文学を専攻し、『更級日記』で卒業論文を書いた[1]。卒業後は秘書として働き[1]、29歳で結婚[1]。夫の転勤に伴って北海道帯広市に転居し、シナリオを独学で学ぶ[1]フジテレビヤングシナリオ大賞に応募し最終選考に残り、3年後に東京に戻った時期と前後してフジテレビから連絡が来て、企画の仕事依頼が来るようになる[1]

2006年、『リトルプリンセス2号』で第34回NHK創作ラジオドラマ脚本懸賞公募(現・創作ラジオドラマ大賞)の最優秀作受賞[1][2]。しばらくプロットライターとして活動した後[1]2007年『はじまらないティータイム』で第31回すばる文学賞受賞[1][2]

2010年、『30年目のブルーテープ』でBKラジオドラマ脚本賞に入選。

             

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