ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

秋の譜

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

 あまりにも知られた、川端康成「雪国」の冒頭。作品のこの入り、続くセンテンスと一体になることで、見事な存在感を獲得しているのです。

 

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。

 

 トンネル(という不思議な通路)を抜けた途端に「雪国」という異世界が始まり、暗い夜の底は「白く」なります。読者を幻想のような象徴世界に引き込んだ次に、川端は「信号所に汽車が止まった」と、身近な出来事を具体的に描写することで、幻想を現実へと一気に転化します。短い三つのセンテンスで、読者はアナザー・ワールドのリアルに連れ込まれてしまう。

 さすがだなあ。

 ...と、雪のない土地に暮らしていたら、わたしはそう分析し、またそこで終わったでしょう。ところが雪に閉ざされる風土に根を生やしていると、冒頭の3センテンスはごく普通の現実でしかありません。

 日本海側から冬に東京へ向かうとき、長いトンネルを抜けて関東平野に出ると、からりと雲も雪もない景色に一変して驚きます。「雪国」の逆ルートですね。またしんしんと冷える夜、雪を被った地上世界が白く闇に滲んでいるのは、見慣れた風景だし。

 淡々と幻想的でありながら、絵空事ではなくどれも現実そのものの描写なのです。その事実に再び、さすがだなあと思う。個人的には冒頭から、この名作にため息が出ます。

 

 さて夜の底が白くなる冬迫りつつある11月、晴れた日が続くとわたしには大きな恵みに思えます。

 今日は地元の農業祭が開かれたので行ってきました。新型コロナのせいで3年ぶりの開催。市民体育館の中に野菜、果物、地産地消の加工食品などが所狭しとブースを設けてにぎわいます。

 わたしはミョウガの押し寿司と、新米の餅米を使った赤飯を買ってお昼に。体育館の外は花苗の直売や、焼き鳥に焼そば、たこ焼き、カレー屋さんその他の屋台がずらり。日差しを浴びながら、紅葉がかわいい小さなハゼの木の鉢(300円)を買いました。自分の部屋の窓際に植物がほしかったので。

 

 紅葉の季節が終わりに近づいてきました。気象会社の長期予報によると、今年は雪が多いようです。冬に向けて身構えつつ、そして、しかし

 H・ヘミングウエーの名作「キリマンジャロの雪」のキリマンジャロには、地球温暖化でもう雪がないそうですが、川端が描いた「雪国」の世界は数十年後にいったいどうなっているのか。と、

 かわいい紅葉を見ながらつい余計なことまで考えてしまうのでした。

 

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 (『雪国』については以前、レビューを書いています)

www.whitepapers.blog

            

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