ことばを食する

私的な読書覚え書き。お薦めできると思った本を取り上げます

心を白紙に、物語に身を任せて 〜「ナミヤ雑貨店の奇蹟」東野圭吾

 日々の暮らしで、つい肩に力が入り、いつの間にか疲れているとき、心の重さを解き放ってくれるのもフィクションが持つ力の一つです。

 「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(東野圭吾、角川文庫)を読み終えて、わたしは久しぶり清々しい気持ちになりました。心がぎすぎすしているとき本を読むと、つい「そんな展開、リアルではあり得んだろ」と突っ込みを入れたくなるものですが、この小説、気づけば心地よく物語に身を任せていました。

 

 繁華街から外れた1軒の雑貨店。廃業して久しく、看板の文字もようやく判別できる元店舗兼住宅の一軒家です。

 ネットも携帯もない時代、ここには妻を亡くし、老いた店主が独りで暮らしていました。雑貨店としてより、密かな人生相談所として知られていたのです。

 閉店後、シャッターの郵便投入口に悩みを書いた手紙を入れると、翌朝、裏口の牛乳箱に店主の返信が入っているのです。店主は一生懸命、返信を書くのが生き甲斐でした。

 その店主が亡くなった33回忌の命日、廃屋同然の深夜の雑貨店に、3人の若い窃盗犯が身を隠そうと侵入したときから、奇蹟の幕が開きます。

 人と人をつなぐのはSNSでもメールでもなく手紙です。時空が歪んだ世界のファンタジーであり、SFでもあり。雑貨店を軸に、深刻な問題に直面していた相談者たちそれぞれの30年後が現在につながり、さらに大きな物語が現れ始めるのです。

 

 東野さんには「白夜行」という大作そして傑作があり、そのイメージがわたしには大きすぎるのですが、この作品も佳品です。

 だれも気づかないどこかで、実はこんな<奇蹟>が起きているのかもしれない。起きていたらいいな...と思いながら、本を閉じたのでした。