ことばを食する

くーの、極めて私的な読書覚え書き。誰かにお薦めできると思った本を取り上げます

抒情的な風景の お行儀の悪い話 〜「夕暮まで」吉行淳之介

 「夕暮まで」(吉行淳之介、新潮社)を再読すると、いまの時代、男と女のお伽噺のようにさえ思えます。1978年初版。野間文芸賞を受賞し、当時は中年男性と若い愛人を指す「夕暮れ族」という流行語まで生まれました。男女の1年半の関係を、7編の連作で構成した作品です。ドロドロした愛欲のストーリーを展開するわけではありません。7つの光景を切り取って短編にしてあるのですが、その何気ない切り取り方と筆致が、この作家の魅力です。

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 妻子ある40代の佐々と、22歳の杉子は、会えばホテルへ行く関係です。杉子は処女で、その1点だけは守りますが、そのほかはかなり大胆なことも受け入れ、佐々のほかに若い男とも付き合っています。佐々の方も、ときどきHする若い女性が別にいて.....と、こんなふうに概要を書くと、何だかよく分からんというか、少しも面白そうでないのですね。吉行作品は、こうしたアプローチをしてはいけない作家だと思います。

 吉行が取り上げるのは他の作品も含め、たいてい男と女の関係です。それもあまり公にできないたぐいの。人間は男と女で成り立っているのですから、基本的なテーマ。世の中への問題意識などはすっぱり切り捨てて、短い時間の光景を点描のように読者に提示します。提示するだけで、意見や結論はありません。

 要は、描き出された点描に人のリアルを読み、かつ吉行の作家としての感性に惹かれるがどうか、ということになります。

 作品は三人称で書かれますが、視点はつねに男。つまり男目線で、妻以外のさまざまな女性関係を描きます。ふつうなら、女性から徹底的に嫌われそうなものですが、これがまたもてたんですよね。女優・宮城まり子との関係は有名だし、他にも愛人だったと名乗り出た人複数。はあ...。

 吉行の初期作品を評して、中井英夫は「たいへん抒情的な風景の中でたいへんお行儀の悪いお話がはじまる」と言ったそうですが、吉行自身はこの評がきらいでなかったようです。なにしろ「吉行淳之介初期作品集」(冬樹社、1967年初版)の後書きで、本人が紹介しているのですから。

 この評は見事に吉行の本質を言い当てている気がします。他人行儀な話やきれい事より、「お行儀の悪いお話」のほうがよほど面白く、裸の人間が立ち現れるのは確かです。